第弐話。
彼等のこれからと、世界全土を卷き込んだ大災害『空の目』に関して。
「お二方、そう身勝手じゃあイカン‼ もっと息を合わせなされ! 一緒にやるんじゃ!」
鄕長モリブデンは諭した。彼女が笑顔を凛と引ッ提げて戻って來た処へ少年は穩かに微笑って歩み寄り、其朽ちた握玉を回そうと試みた。が、扉の開け閉てに嚮んじて郷長の云う樣な旨い力の籠め方が、或いは傳え方が何うも難しい。彼女は焦る彼の爲體を見た矢先、矢鱈張り詰める己が身を発見した。固唾を呑み、不図彼と友鏡を象る樣に其左手を掛ける。結局鄕長の言は聴かれず仕舞いであった。
(回すの手伝って、あとは引いてもらって、それから、……飛び憑いちゃえばいいんだよね? ぬぐぐぐッ――‼)
──バキンッ!
彼の耳朶へ率然劈く。彼と、其傍に居たモリブデンは不意に鳴り響いた其爆音に眼を白黑させ、覚えず何歩か退いた。是には彼女自身も、尾を捥がれた扉さえも愕き、暫時呆気に取られて震撼する外に無かった。殊に彼女は、幾度か其眼を屡叩かせた。左う爲る中安否を慥める聲が聞えて來る。先刻捻った筈の握玉が扉から捩じ切れたのを見て、彼女は訣も判らず玉を握った儘の左手を窓外へと挙げて訊ねた。
「ね、ねー? コレってさー、とれるタイプの取っ手だったりしなーい?」
扉の断片を持つ潔白な手が橫に揺れるのを錆びた鉄格子の向うに垣間見ると、肩巾の彼は度肝を抜かれ、少時何う云う亊が起ったのかと心の整理を附けられず、其掌の千切られた其れを見ると低聲で口走った。
「給湯器じゃあるまいし。」
モリブデンは其弐科へ嗄れた大笑いを揚げて、
「ホレみろ。全く言わんこっちゃない。」
と、己が案に違わずと云った容子で此う流暢に助言し始める。
「順序変更じゃ、お二方。先にソールチャンがチカラを、──やっちまわない程度に、こちらへ移す。」
彼女は男の云う靈力移附の可不可を鳥渡考えた。──靈力? 其れは魂魄が元來備える、延いては靈魂其物と云うも過言ではない。此力は俗に怪奇等超常等呼ばれ、森羅万象への肆次元的干渉が出來る。役割の闕けた握玉を把持し、少女は焦燥を冷ますが如く額に宛てる。左う爲て、眼を閉じながら捩じ切った其れを不意に扉へ充て行った処、矢張り可笑しい。幾ら偶然と雖、奇麗に嵌り過ぎる。然し、慥に鐵の上へならば彼女の靈力は傳わるのだった。彼女は覚えず彼と郷長の弐科へ呼び掛けた。
「りょー。……ねー。準備できたら言ってー。こればっかはナル早で!」
彼は左の言を聞いて、唾を呑んで握玉を摑む其右手へ渾身の握力を籠めた。
「ああ、いつでも構わないよ。俺に任せてくれ!」
斯う微笑いながらに云いつつも彼の内心は畏怖である。『力』を移されるのは何んな感覚が爲るのか? 金縛り? 副作用は? ……種々な懸念が奔る齣の如く渦巻いた物の、彼は頚を橫に振るうと気を慥に持った。彼は、彼自らの奔らせた其齣を、彼女を、無い度胸で受け容れる亊に極めて居た。
「いくよー? ……いっせーのーでっ!」
特段何の考慮も無く、彼女は合図を出した。不思議にも、其邪気無い聲に心を宥められた気が爲て、彼の握った拳は脱力する許りであった。突如、宙から透き通る柔かな左手が、そうっと彼の腑抜けた右手を摑み、叮嚀に扉を抉じ開ける。果して是を畏く思う暇も無く手応えが傳わった。錆の膠着した扉は呱々の聲を挙げながら、彼岸と此岸、そして彼女と彼等とを壱ツに繋ぎ留める。
「また会えたね。」
──ふうっ。シャバの空気って、おいしーなあー!
彼女は、左の樣に背と腕と爪先と伸びを爲て、外れた箍に別れを告げると暫時宙を舞って居た。惜しみ無く微笑う彼女を目で追い掛けて、彼は漸と彼女を死の羅城から開放した己れに間違いは無かったと知った。
「モリブデン元気してたー?」
彼の暖かな目が見守る中、彼女は不意に低く滑空して云った。
「そだ。あとー……、ハルちゃん先輩はー?」
地に足を附けた彼女は手で陽の光を遮りながら、開けた周辺に誰かを捜して訊ねる。
「……遅刻じゃ。」
男は稍俯いた後、面構えを戻して答えた。
「ええー⁉ あのハルが? って、アラシの前ぶれかも……!」
左の言を云う彼女の瞳はモリブデンを真摯に見据える。男も敗けじと見詰め返しながら首肯し、
「ああ。或いは、な。」
と風防を目深に遣って、何も解らぬ『彼』の事を措き去りに爲た。
(あのふたりを険しくさせるとは。……さては、ただ者ではないな?)
蚊帳の外で棒立ちの儘傍観する彼は左う思いながら、敢えて何も触れなかった。今時分訊いて仕舞えば、其れこそ手短に済む。が、彼に云わせれば想像とは創造であり、享楽、或いは耽美であった。其愉しみを手放し度ない外の理窟は無かった。彼女等は左う云う上の空の彼へ聲を掛ける。
「てことで! 雨ふり出しちゃう前にひとまず帰ろー‼」
左う云って彼を忘我の淵から返らせると、彼女は躊躇も爲ず山林へ這入って行った。
「おいッ! そちらは登山道じゃぞ!」
彼が緩り顏を揚げると先刻歩き始めた彼女が呼び戻され、
「あ。そーいえば、あたし外出たことないんだった。」
と凛々しい微笑を浮かべる。口許に手を遣って、肩巾の彼を少時見ては続けて此う頼んだ。
「帰るアテもなくしちゃったしー、これからどーしよっかな━━ッ?」
モリブデンは壱寸間苦悩の腕組みを見せる。
(おお、天の尊よ。……またしてもわが家に居候を増やすおつもりか。)
──これが、長たる者の宿命‼
潜む其眉間には不意に或意志が顕れ、男は彼等の亊を、殊に彼の亊を見据えて此樣に云った。
「致し方あるまい……、主らにああ言った以上は儂も助力しよう。ついて来られよ!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!