電弧と機軸 - Arche Axes -

Be Families Again
ムコノミナト
ムコノミナト

陽龍の鄕篇『咊解』 - The Draconian Saga; or, Families Again -

第壱話: 胎動 PART1

公開日時: 2022年3月3日(木) 19:10
更新日時: 2022年9月17日(土) 19:37
文字数:2,676

みなさんは猫派ですか? 犬派ですか? 

たけのこ派ですか、きのこ派ですか? それとも、すぎのこ派?


ヒトは些細なことで価値観が食い違う繊細過ぎる生き物です。

ではもし私たちがひとつに融け合えば、そのキライも無くなるでしょうか?

そういうお噺。



開幕。

 夢のうちに死んだ筈の少年が目を覚すと、少年は匣舟アアクなかの寝棺に仰臥ぎょうがしていた。不思議と彼は何等なんらおどろかなかった。唯、そのなかとても窮屈であるほかに思うところは何も無く、毎日の起きしと壱緒いっしょように、彼には感ぜられたのであった。逆にえば、其狭さと暗さとに関しては随分考え物だと思った。が早いか、彼のやつれた両腕はひつぎの蓋を取ろうとして、ゆっくりと真上に伸びた。すると蓋は彼のそとに出たい旨を受けれ、彼の軽い両手に従って両側へ、扉の樣に開くらしい。まできぬ闇だった彼の視界は、何かの光を吸収して潑溂はつらつとして来た。彼はれを感じながら、いきおいく身を起し、黑いうしろ髪を其奇麗な指でくと、不図ふと思考を働かせた。


(パサパサに乾いている。この部屋のせい?)


 ──此処は何なのだ。

 彼は辺りを見渡しながら立ちあがった。先刻さっき開いた扉を踏みけて仕舞わぬ樣に寝棺から床へ踏み出すと、其いやにはだ寒いへやを幾らか歩きまわって、壁に触れる。壁は煤けた紺色をしていて、触感はなめらかで硬い。が、叩いて見ると鉄や石とも附かぬ音響が彼の耳朶じだに帰って来た。すくなくとも、木でないことだけたしかであった。彼は、何故彼が箱の中に眠って居たのか理解が及ばなかった。いや唯壱ゆいいつ、悪い予感、ある見当こそ附いてはいたが。彼はそらす樣に俯いて直ぐうしろに振り返る。と、其処にはまた、扉がった。橫に長い窓の附いた、左開きの引き戸である。彼は、彼のへやに差すかすかな光明が其処から届いているのに気が附いた。


(斜陽? ……いい天気なのかな、外は。)


 彼は今いち度、扉を開いた。足もとにはいしだたみの階段、其上から温暖な風が降りてて彼の手を取る。表の紛れ無く日向であるのを確信した彼は、此処を登り切って仕舞えと思い、うしろの扉を閉め、取り敢えず壱段目へ脚を掛けた。丁度う云う時彼は目前の階段からの無気味ぶきみな物音をふたつ聞き逃さなかった。──物音? 階段がおのれと音を立てる樣な亊が、段が同時ならず連続で起り得るだろうか。彼は俯くと亦直ぐ前を向いて壱段目から脚を外し、たちまされて背ろの扉に寄り掛かった。其れも超常の何からが目前に迫って來る気配のしたためである。目と鼻の先に在る、先刻彼のもとって来た微風そよかぜとは異なるいやにぴり附いた何かが。


(なんだっ⁉ なにか、潜んでいやがるのか……⁉)


 ──否、今の今まで居た?

 面皮の痲痺しびれは忽ち壱切感ぜられなくなったので、彼はきりの無い亊を左う片附け、其秀眉に触れると、再び階段に脚を掛けて登り始めた。其歩みに伴って、甃の快音は規律を取り戻す。其処を又、壁から鈍い怪音が回彼の鼓膜を打った。矢張やはり彼のそばで誰か嗤いごえを堪えている。が、彼の肆顧しこにもかかわらず見当らぬ爲、看過するほか仕方無いのに違いなかった。彼は暫時しばらく歩き続け、やっとの思いで扉迄來た。其れ迄ことに何がおこるとも無かったので、冷汗の引いた彼は前を見据える。先程のの光は燦然いきおいを増し、見紛みまがう亊無きあか朝陽あさひへと変貌していた。壱寸先は光の彼に、閃耀せんよう、其走光性へなりを潜めた影がぬらりはだかり日を蝕んだ。


「おはよーございまーす!」

(……は?)


 初め此ことばを、其姿を、あまりにも唐突だった故に彼は幻影だと思った。然し、


「んー……。おはよーございま━━す!」


 と、彼女が今壱度彼の真近に迫ってう叫んで漸く、彼は彼女の亊を朧気ながら認識した。天井にぶらがる彼女の姿を。本来艶の有る金色の双尾髪ツインテールも重力に引かれて垂れる処が、う力の作用か前髪の壱房ひとふさすらこれに逆らっている。


「うぎゃああああ⁉ おっ、おやすみ! おやすみなさいッ‼」


 彼は左うおどろき倒した。が早いか後退りを見せ、背を向けて元來た処迄引き返して行った。彼女はしきりに其桃花眼とうかがんしばたたかせ、


(わー。あんな驚かれたのって、はじめてかもー。うれし……)


 ──くない、嬉しくない。

 と、彼の言を能々よくよく思い返しては彼の事を呼び戻しに階段をけ降りて行った。


「まっ……。待ってよー!」


 彼はと云うと其呼聲よびごえ跫音あしおととが聞えて來るや否や、耳を塞ぎたくなるのを堪え、元居たひつぎの陰に隠れようとしていた。


(なに、もう⁉︎ 放っといてはくれないのかなあ‼ なぜか訳のわからない所にいるし! 独りかと思ったら……、なんかいたし‼ どうせ夢だよな? こんなの⁉ また寝て起きれば覚めている……! そのはず‼)


 先刻彼女に愕いた時の冷汗と鳥肌は未だに治まらない。其御蔭おかげか、将亦はたまた、心成しか、階段を降りるに連れ、彼は少しずつ滲む樣な寒気を覚え始めた。其れは無論あの少女の所爲せいでもあった。が、彼が恐れて居るのは全く其れのみではない。彼は発狂寸前であった。し此処が現世とすれば、寝棺と壱緒に地下へ埋められた己れの正体は『屍人しびと』ではないか? いては此地下こそ己れの墓場にして、先程見えた少女は彼にって差詰さしずめ『呪縛霊』ではないか? 彼は柩の陰に身を隠すと、此世界から帰れるか何うか色々試し出した。


(夢であれ! こんな馬鹿げたシチュエーション‼ まるで、なんか俺がんだみたいじゃあないかッ!)


 頰をつねったり是でもかと思い切り殴ったり、首許に巻かれた其布で絞首を課したり、考え得る限りの亊をって見たはい物の、彼の切望する通りにはいかなかった。唯、唯、苦痛がみる。挙句の跫音は依然接近して來て居る。彼は頭をおさえながら、のがれられぬ陽射ひざしに意味不明の泪を流した。やがて柩の中には彼の絶望が満ちた。此処が単なる虚構でない亊に気附いた途端、彼は何を思考する気力も失せて悶絶し始めた。


(やっぱりこれ棺桶かよ。でも俺、死んでないよ……。)


 静かによこたわる彼の許へ、扉を開閉する音が聞えて來る。彼の云う通り、彼はたしかに此処に居て、かる音を聞いている。


(やめろ……‼ なんなんだ⁉ 俺はどこに連れていかれる……!)


 其後暫時あの少女の脚音が止ったのさえ聞き逃さなかった。


「ねー。こっち来てよ……。」


 彼女は萎縮しながら黒い柩に話し掛けた。


(俺は生きてここにいる! できるものかッ、お前たちの仲間入りなんかよ‼)


 げる彼に彼女は云う。


おどかしてごめん! ちがうの、あたしベツに悪いヤツじゃなくってさ‼ あなたと仲良くしたかっただけ……」


 辛気を帯びた其言に、彼は漸と本当の彼女を見出した気がして耳を傾け始めた。


「寝ないで……! なんか、あたしマジで独りぼっちじゃんか……‼」


 彼女は愈々いよいよ必死に眼をつむりながら左う、訴え掛ける。彼は眼を見開くと、彼自身もまた独り法師だと云う単純な事実を自覚した。みちの違わぬ者が何故たがいを敬遠出來樣か。兎も角此儘このまま彼女にも苦しみの泪を流させるのかと思うと彼は急に心苦くなって、遅々のろのろと覚束無い足取りで彼女へ右手を差し出した。彼女は其てのひら少時しばし眺めてから、眼をてんにして彼を見詰めた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート