インターネット崩壊物語

インターネットを殺したいと願う者たちが動き始めた
水原麻衣
水原麻衣

こんな話を信じてくださいというのは無理がある

公開日時: 2022年3月6日(日) 00:00
文字数:2,938

「すみません、こんな話を信じてくださいというのは無理があるかもしれませんね。じゃあもう少し現実的な話で考えてみましょう。実は私には最近恋人ができまして、彼氏はとても優しくしてくれるいい人です。ですから私は幸せです」そこまで話すと満足

「でも先週、彼の実家でお義父さんとお義母さんに会いました」

突然出てきた家族の話だったので戸惑っていると、それを察してくれたのか、女性は微笑みながら続けた。

「私と彼はとても仲良くしています」

そして「だから、きっと私達のことは大丈夫ですよね?」と言って、また笑顔を作るのだった。

しばらく無言で見合っていたが、やがて俺は小さく溜息をつくと「それで」と呟くように言った。すると女性が「え?」と聞き返してきたので、聞こえているのだろうと思ったが無視した。するとまた彼女が俺の顔を見てくるのを感じたので「続きを」と言った。すると彼女は「続き?」と首を傾げながら言い返した。俺はそれにも反応せず黙って見返す。

すると少ししてから、ようやく俺の言葉の意味を理解したらしく「ええと、どこまで話したかしら」と言ってから少し間を置いてから、話の続きを始めた。

「私はお義父さん達に結婚を前提に付き合っている相手として挨拶に行ったんです」そう言ってからまた沈黙が流れたのだが、「それで?」と急かすようにして聞き返したのは、今までずっと黙っていた坊主頭の男性だった。

「それだけです」と女性が答えると「それだけなのか?」と言ってから少し考える素振りを見せると、俺に向かって話しかけてきた。

「古屋さん、こういうことってよくあるのかな?」

「俺に聞かないでください」と言ってから、女性に向き直る。

「そもそもこれは誰の話なんですか?」

そう尋ねられたので、今度は女性ではなく健也さんが「彼女の話さ」と答えた。

「彼女?」と眉根を寄せて聞き返すと「さっきから話しているじゃないか」と言われてしまった。「はぁ?」

「さて、ここで一つ問題があるんだけど」と健也さんが言うと、他の人達が黙ってうなずいた。「美知香さんは事件のことを知らなかったのかな?それともこの手紙に書かれていることを知っていたのかな?」と問いかけると「知らないはずはないでしょう」とさっきの女性の方が即座に反論する。「美知香さんに確認を取ってみればわかります」

「それもそうなんだが、問題はその前にあるんだよね。もし本当に知らないとしたら、どうやってこのことを知ったんだろう。君達は何か心当たりは無いのかい?」

皆一様に首を横に振ると「無いみたいだね」と言いながらもまだ考えている様子だったが、しばらくして「そういえば……」と話し始めた。

「そう言えばあの事件の犯人も、掲示板を使って被害者を探していたって話していたような……」そこで言葉を切って黙ってしまったが他の人達は無言のままなので、おそらく続きを促すつもりで口をつぐんだのだと思われた。

健也さんはうなずくと、女性に尋ねた。「ちなみに、君はこの事件の詳しい内容は知っているのかい?」

しかし、それに関しては「いえ、知りません」と言ってから、「私は事件についてあまり詳しく知らされていないのです」と説明した。「ただ、今回の事件が起きた時に警察から事情説明を受けています。もちろん、私の家族と杉村さんと、後は会社の方だけですけど」

健也さんが質問する「ちなみに君のご両親は、この件に関してどういう立場にいるんだい?」

「父は弁護士でこの事件を担当していました」

健也さんがうなずいて「なるほど」と納得したように言う。その横では「でも、弁護士なら事件の情報を得る手段は幾らでもあるんじゃないのかな?」という意見が出ていた。確かにそうだと同意したが、それについては俺も気にかけていたことだから黙ったまま聞き耳を立てた。

だが次の瞬間、健也さんの質問で話題が逸れてしまう。「ところで美知香さんに会わせてくれないだろうか?」とのことだった。どうしたものかと思い悩んでいると、「会うだけでも駄目でしょうか」と女性が聞いてくる。健也さんがまた質問する「それはどうして?」

それに対して「どうしても会いたいんです」と言うと「理由は?」

「彼女に、私が無事であることを伝えたいんです!」女性は語気を強めてから、また俯いてしまった。健也さんがまた質問する「でも今は連絡がつかないんでしょ?」

女性が答えようとしたが「やっぱり会わない方が良いと思うよ」「どうしてです?」

坊主頭の男性が口を開く。「もしも二人が知り合いだとわかれば警戒されるかもしれないし、そうでなくても、こんな状況なんだから下手なことしない方がお互いのためだ」その意見に対して健也さんは「まあまあ、そんな事言わずに。本人に聞けばわかることですし」と言った。その言葉を受けて俺はつい口を挟んでしまう。

「その前に俺からも聞かせて欲しいことがあるんです」

すると健也さんがこちらを向いたので「どうぞ」と促された。

「俺は、美知佳に会った方がいいと思います」

坊主頭の男性が小さく溜息をつく。「古屋さん、あなたもですか?」

「いやいや」俺は手を前に出して制した。

「俺はあんたらと違ってちゃんと考えて発言しているつもりだよ」それから女性の方に顔を向けなおして続けた。「あんたが言っていることはもっともだ。俺は美知香がどうなったのか気になっているから会いたいとは思う。だけど正直言って今のあいつに会うのはかなり難しい。だからまずは彼女と一番仲の良かったあんたに会いに来たんだよ」

そう説明すると、女性は顔を伏せたまましばらく考えていたが、小さくうなずいてくれた。それからゆっくりと顔を上げると、健也さんの方をじっと見据えた。

健也さんが微笑むと「わかった」と言って立ち上がる。

俺もそれに合わせて席から腰を上げようとすると、女性から待ったが掛かった。「すみませんが、先に美知佳の写真を見せてもらってもいいでしょうか」と言われたので「ああ」と返事をしたのだが、健也さんと目を合わせると、彼が代わりに返事をするのだった。

「いいですよ。ただし携帯電話に入っている写真だけです」

そうして彼女は携帯電話を取り出すと、画面を開いてから操作を始める。するとしばらく経ってから「これが娘です」と言った。

「そう、これで合っています」そして俺の方を見ると、申し訳なさそうな表情を浮かべるのだった。

「古屋さんにも見せてくれますか?」

俺は少し迷った末に自分の携帯電話を取り出して、カメラ機能を起動させると液晶モニターに向かってかざした。

すると画面に、少し緊張した面持ちでピースサインをしている女性が現れた。その隣には、今よりも若いと思われる女性も映っている。少し背が低いところを見るに小学校中学年ぐらいか、髪型の感じから女の子だろう。二枚目とは言えない平凡な俺の横で、少し気恥ずかしそうにしている。それが今の美知香の姿で間違いない。彼女は少し不機嫌そうな顔をしているが、それでも愛想笑いだと分かる。きっと照れ隠しに違いない。

俺は懐かしさに胸を震わせた。たった数ヶ月前の話なのに、ひどく昔のことのように感じられる。俺は思わず目を細めた。そうしなければこみ上げてくるものが零れ落ちてしまいそうだったからだ。

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