千冬に会える日を夢見て、どれだけ時間を過ごしてきたかわからない。
街のどこを歩いても、雲ひとつない空の下にも、千冬の姿は見当たらなかった。
太陽が沈んでいく間際の空に、微かな、夕焼け。
船が残照を浴びて光っている。
海辺に動く波際に、やさしく運ばれてくる夜の気配。
彼女は俺の前を歩いて、振り返る素振りもなく足を動かしていた。
淡い空の色はすでに消えて、穏やかな薄い紫に滲み出るような暗闇が、少しずつ膨らんできていた。
見慣れないその後ろ姿を追いかけながら、何度も尋ねた。
本当に千冬か?
って、しつこいくらいに。
「だからなんやねんそれ!」
「普通に聞いとるだけやろ」
「“普通に”ってなんやねん、“普通に”って」
「そのままの意味や」
「そのまま…?意味わからん」
「キミが千冬かどうか…」
「キミ…?」
「…え?なんか変なこと言うた?」
一向に話は噛み合わなかった。
単純に聞いてるだけなのに、怪訝な顔をされるばかりで…
それだけじゃない。
奇妙だったのは、彼女が俺のことを“知っていた”ことだ。
もし本当に千冬なら、そりゃ当然俺のことは知ってるだろう。
…でも、どう考えても辻褄が合わなかった。
こっちからしたら、急に話しかけられてきたようなもんだった。
いくら千冬に似ているとは言え、お互い初対面に違いはない。
そもそも彼女が“千冬”なわけがない。
冷静に考えても考えなくても、そう考えるのが普通だった。
「夢」の中じゃあるまいし…
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