「よう覚えとるやん」
「…あのなぁ」
「確かに、ここは「可能性」の1つや」
「…その可能性っていうのは結局なんなん?」
「もう1人のあんたが世界におる。そう想像してみ?」
もう1人の、自分。
それならもうとっくに想像した。
そう考えるしかなかったからだ。
他に思い当たることなんてねーし。
…つーか、自然とそう考えてしまう自分が怖い。
どう考えても“そんなのあり得ないだろ”って思うことも、もしかしたらって思うようになってしまった。
まるで自分がおかしいみたいだ。
なあ?
「世界にはいくつものパターンがある」
「それは前に聞いた」
「「境界」ってのは、つまり、そのパターンの中間にあるものや」
「ちょっと待て」
「なんや?」
「ようするにここはどこやねん」
「せやから交差点…」
「この世界のことや!」
わけわかんないこと言う前に、ちゃんと説明してくれん?
“可能性”とか言われてもわけわかんねーよ。
境界?
パターン?
お前言ってたよな?
千冬を助けに行く、って。
あの言葉っていうのは、つまり…
「さっき言うたやろ。あんたは今、交差点の真ん中におる」
「…せやから、それがどう言う意味やねんって」
交差点。
横断歩道。
自転車に乗った千冬が、そばにいる。
大人になった彼女の姿が、そこにある。
向かい風に揺れるスカートと、前屈みの姿勢。
立ち漕ぎをしながら、ペダルを踏みしめてた。
これもお前が言う「可能性」の1つなのか…?
高校生活を送ってる彼女が、当たり前のように自転車を漕いでるのは。
「ほんなら簡単に言うわ。あんたは運命を信じるか?」
「運命…?」
「この世界の未来がどうなるかは、すでに決まっとる。そういう「意味」で」
「いいや…」
未来はまだ決まってない。
少なくとも俺はそう思い続けてきた。
「未来は自分で決めるもんや!」
アイツが、そう教えてくれたから。
甲子園に行こうとしてたのは、そういう意味もあったんだ。
どんなに不可能に思えることでも、その壁を越える。
越えてみせるって、何度も言ってた。
声が枯れるくらい。
「あんたをこの世界に連れてきたんは、諦めて欲しくないからや」
「諦める?」
「なんて言うんやろな…。そう簡単には、世界を変えることはできん。あんたもわかっとるやろ?キーちゃんはもう目を覚まさないって」
…それは
不意に言われたその言葉に、思わずハッとなる。
そうだ。
千冬はもう、…目を覚まさない。
それを言葉にしたくなくても、もう、間に合わないことがある。
千冬に会いたくて、ずっと考えてきたんだ。
どうすればもう一度会える?
どうすれば、あの夏に戻れる?
そう、——何度も。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!