…そう、
俺は確か、女に電車に乗せられて、それで…
…でも、そんな、嘘だ…
「シャキッとしろ」と、女は言う。
その言葉の意味はわからなかった。
言葉の意図も、矛先も。
なあ
まさかとは思うが、ここは…
須磨高の制服を着ている自分が、電車の窓越しに映る。
白いシャツに、無地のズボン。
グリーンのチェック柄は、もうそこにはなかった。
ガラスに映るのは、ピンストライプのネクタイと、神戸高の紋章。
いつもの日常の光景だ。
そうだ。
女に言われて、電車に乗ったんだ。
学校の帰り道、行き先も決めずに、ただ、“壁”の向こうに行くと言われて、そのあと——
「ここがどこかわかる?」
ここがどこか、だって?
すぐには答えられなかった。
濁流のように記憶がなだれ込んできて、フラッシュを焚いたように目の奥がチカチカする。
ずっとお前を探してた。
どこに行ったんだって、四六時中考えてた。
急にいなくなるから、困ったんだ。
そのあと、——街中を歩き回って…
「…どうなっとんや?」
「思い出した?」
「…思い…?…えっ…と」
「思い出しとらんのか」
「そうやない…。なんでここに…」
…何を話せばいいんだ?
滑舌が回らない。
聞きたいことがあるのに、うまく出てこない。
ぐるぐるぐるぐる、頭の中が回転する。
ごちゃ混ぜになる風景と、街の被写体。
女は俺の顔を覗き込んだ。
大丈夫か?
そう、尋ねてきて。
「大丈夫やない…かも」
「深呼吸しぃ?」
「うーん…」
「お茶いる?」
「…いやいやいや、茶なんかいらん」
「ほっぺた叩いたろか?」
「は?!やめぇ!」
「しっかりしぃや?よう支えんで?あんたのこと」
…えっと、その
ふらふらする俺を叱りつけるように、お腹をぽんっと叩く。
しっかりしろと言われても、思うように整理できないんだ。
確か、そう。
千冬に会いに行くと言って、それから…
「自分の姿を見てみぃ。ガラスに映っとるやろ」
「…あ、ああ」
「いつものあんたや。そこにおるのは」
…そんなの、見りゃわかるさ。
お前に言われたんだ。
“目を瞑れ”
って。
西日の差し込む駅のホームから電車に乗り、「どこに行くんだ」と尋ねた。
そしたら、
“ここじゃないどこか”
——そう言うだけだった。
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