雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第273話

公開日時: 2023年7月27日(木) 19:40
文字数:877



 …そう、


 俺は確か、女に電車に乗せられて、それで…




 …でも、そんな、嘘だ…




 「シャキッとしろ」と、女は言う。


 その言葉の意味はわからなかった。


 言葉の意図も、矛先も。



 なあ


 まさかとは思うが、ここは…




 須磨高の制服を着ている自分が、電車の窓越しに映る。


 白いシャツに、無地のズボン。


 グリーンのチェック柄は、もうそこにはなかった。


 ガラスに映るのは、ピンストライプのネクタイと、神戸高の紋章。


 いつもの日常の光景だ。



 そうだ。



 女に言われて、電車に乗ったんだ。


 学校の帰り道、行き先も決めずに、ただ、“壁”の向こうに行くと言われて、そのあと——



 「ここがどこかわかる?」



 ここがどこか、だって?


 すぐには答えられなかった。


 濁流のように記憶がなだれ込んできて、フラッシュを焚いたように目の奥がチカチカする。


 ずっとお前を探してた。


 どこに行ったんだって、四六時中考えてた。


 急にいなくなるから、困ったんだ。


 そのあと、——街中を歩き回って…



 「…どうなっとんや?」


 「思い出した?」


 「…思い…?…えっ…と」


 「思い出しとらんのか」


 「そうやない…。なんでここに…」



 …何を話せばいいんだ?


 滑舌が回らない。


 聞きたいことがあるのに、うまく出てこない。


 ぐるぐるぐるぐる、頭の中が回転する。


 ごちゃ混ぜになる風景と、街の被写体。


 女は俺の顔を覗き込んだ。


 大丈夫か?


 そう、尋ねてきて。



 「大丈夫やない…かも」


 「深呼吸しぃ?」


 「うーん…」


 「お茶いる?」


 「…いやいやいや、茶なんかいらん」


 「ほっぺた叩いたろか?」


 「は?!やめぇ!」


 「しっかりしぃや?よう支えんで?あんたのこと」



 

 …えっと、その



 ふらふらする俺を叱りつけるように、お腹をぽんっと叩く。


 しっかりしろと言われても、思うように整理できないんだ。


 確か、そう。


 千冬に会いに行くと言って、それから…



 「自分の姿を見てみぃ。ガラスに映っとるやろ」


 「…あ、ああ」


 「いつものあんたや。そこにおるのは」



 …そんなの、見りゃわかるさ。


 お前に言われたんだ。


 “目を瞑れ”


 って。


 西日の差し込む駅のホームから電車に乗り、「どこに行くんだ」と尋ねた。


 そしたら、


 “ここじゃないどこか”



 ——そう言うだけだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート