「時間は常に前に進んどる。せやから、一度過ぎ去ったものを、元に戻すことはできん」
「…なにが言いたいんや?」
「あんたの知っとる“キーちゃん”は、この世界にはおらん。あんたがどれだけ会いたいと思っても、1つの現実を、そう簡単に変えることはできん」
そんな…ばかな。
意味がわからない。
だって現に、こうして…
「千冬はここにおるやんけ!お前俺に、千冬を助けるって言うたよな?助けるために、この世界に連れてきたんやろ!?」
女は首を横に振る。
半ば、不安そうな面持ちで。
じゃあこれはどういうことだよ!?
この「世界」は!?
彼女は??
“助ける”って、つまりそういうことだろ!?
「たしかにここは、キーちゃんが事故に遭わんかった世界線や。せやけどあんたが言うように、キーちゃんを助けるためにここに連れてきたわけちゃう」
「…どういうことや??」
「ここはあくまで可能性の1つに過ぎん。つまり、あんたがおる世界とは、ある意味無関係な世界や」
無関係…って?
助けるためじゃない?だって?
…どういうことだ?
ってか、そもそも俺が聞いてんのは、目の前に千冬がいるってことだ。
ここがどんな世界かは知らないが、その事実に変わりはないだろ。
だから——
「キーちゃんはここにはおらん。少なくとも、あんたの隣には」
言ってる意味がわからない。
千冬が…いない?
何言ってんだ?
ちゃんと目ぇついてんのか?
どう考えても今、目の前に——
ゴオオオオオオオオ…
耳を疑うような轟音が、海の方から聞こえてきた。
風は無い。
空の流れも。
空気の乱れも。
まだ、——どこにも。
足元が揺れる。
視界がグラつく。
…地震?
…いや、でも、まさか——
ドドドドドドドッ
立ってるのもやっとなくらいの巨大な揺れが、地面の底からやってきた。
焦って何かに掴もうとした。
けど、手すりも何も無い。
思わず地面に手をつけて、膝をついた。
そうでもしないと、思うように立っていられなかったからだ。
ビルが揺れている。
信号機も。
歩道橋も。
音が段々と大きくなってきた。
雨足が強くなるかのようなスピードで、少しずつ速く、近づいてくる。
交差点の上の人たちは、微動だにしていなかった。
地面に吸い付いたかのような隙間のなさで、ぴったり固定されたまま硬直している。
それだけじゃない。
街全体を揺るがすほどの振動が目前まで迫っているのに、停止した街の輪郭は時間を切り取ったように静かなままで、どこまでも“止まっていた”。
地面は確かに揺れていた。
足の底が弾かれるほど、強く。
地面に繋がっているあらゆる物体が、巨大な揺れの波に“干渉”していない。
そんな“変化のなさ”を目の当たりにしながら、地面に這いつくばる。
波。
振動。
そして——
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