雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第294話

公開日時: 2023年8月16日(水) 23:01
文字数:894


 風が吹いていた。


 海の向こうから。


 前方から吹く強烈な風に砂が巻き上げられ、キラキラと煌めく沿岸の水面を掬い上げるように、指先と放たれたボールとぶつかる。


 スローモーションに千切れていく世界。


 干上がるような気温。


 砂浜には鯨の死骸が上がっていた。


 海岸線沿いに敷き並べられたように整列し、水平線と向かい合うように目を見開いている。


 その巨躯は海に流されたばかりのように艶がかかり、それでいてどこか、色褪せた肌の色をしていた。


 波はゆったりとしていた。


 けれど重く、深い渦が、透き通った青をかき混ぜるようにひしめいていた。


 海辺に咲くヒルガオが、遊歩道の柵の下に顔を出す。


 淡い桃色が風に靡かれて、コンクリートに染み付いた磯の匂いが、朗らかな潮の満ち引きの中に漂い。



 約束していたはずの夏が、もう来ない。


 彼女の笑っている顔が、滲んだインクのようにぼやける。


 そんな果てのない不安定な雲行きが、いつも空にかかってた。


 振りかぶった彼女のピッチングフォームに、目を奪われた先で。




 …千冬



 …もう、そこにはいないのか?



 信じたくないんだ。



 頭の中ではわかってても、お前の意識が、もう、どこにも無いこと。



 こうして近くにいても、お前がどこか別の場所にいるかもしれないって、思ってしまう。



 さっきまで隣にいたよな?



 あれは嘘なんかじゃないよな?



 たとえ別の世界の出来事だとしても、お前が確かにいた。



 眠たそうにあくびして、他愛もなく微笑んで、当たり前のように自転車を漕いでた。



 わかるんだ。



 「お前」だってことが。



 見た目も、雰囲気も、ここにいるお前とはまるで別人だった。



 だけど一緒だったんだ。



 嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、夢の向こうにいるお前の顔が、なぜか見えた気がした。



 ああ、こんな顔してたんだ…って、心のどこかで…




 ……………………


 …………


 ……



 俺たちは病院を出た後、街中を歩いた。


 商店街を抜け、狭い路地を歩きながら、未来のことについてを話した。


 遠い世界のこと、隕石が落ちた日、——とにかく、いろいろなことを。


 俺たちが昔よく行ったという場所に寄って帰ろうと、女は言った。


 星がよく見える場所。


 煌びやかな神戸港の景色と、ネオンを一望できる高台に。

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