風が吹いていた。
海の向こうから。
前方から吹く強烈な風に砂が巻き上げられ、キラキラと煌めく沿岸の水面を掬い上げるように、指先と放たれたボールとぶつかる。
スローモーションに千切れていく世界。
干上がるような気温。
砂浜には鯨の死骸が上がっていた。
海岸線沿いに敷き並べられたように整列し、水平線と向かい合うように目を見開いている。
その巨躯は海に流されたばかりのように艶がかかり、それでいてどこか、色褪せた肌の色をしていた。
波はゆったりとしていた。
けれど重く、深い渦が、透き通った青をかき混ぜるようにひしめいていた。
海辺に咲くヒルガオが、遊歩道の柵の下に顔を出す。
淡い桃色が風に靡かれて、コンクリートに染み付いた磯の匂いが、朗らかな潮の満ち引きの中に漂い。
約束していたはずの夏が、もう来ない。
彼女の笑っている顔が、滲んだインクのようにぼやける。
そんな果てのない不安定な雲行きが、いつも空にかかってた。
振りかぶった彼女のピッチングフォームに、目を奪われた先で。
…千冬
…もう、そこにはいないのか?
信じたくないんだ。
頭の中ではわかってても、お前の意識が、もう、どこにも無いこと。
こうして近くにいても、お前がどこか別の場所にいるかもしれないって、思ってしまう。
さっきまで隣にいたよな?
あれは嘘なんかじゃないよな?
たとえ別の世界の出来事だとしても、お前が確かにいた。
眠たそうにあくびして、他愛もなく微笑んで、当たり前のように自転車を漕いでた。
わかるんだ。
「お前」だってことが。
見た目も、雰囲気も、ここにいるお前とはまるで別人だった。
だけど一緒だったんだ。
嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、夢の向こうにいるお前の顔が、なぜか見えた気がした。
ああ、こんな顔してたんだ…って、心のどこかで…
……………………
…………
……
俺たちは病院を出た後、街中を歩いた。
商店街を抜け、狭い路地を歩きながら、未来のことについてを話した。
遠い世界のこと、隕石が落ちた日、——とにかく、いろいろなことを。
俺たちが昔よく行ったという場所に寄って帰ろうと、女は言った。
星がよく見える場所。
煌びやかな神戸港の景色と、ネオンを一望できる高台に。
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