俺と千冬が…?
…って、どういうことだよ、それ
女はどこからか取り出してきたボールを持ち、それを俺に預けた。
ボールは汚れていて、糸がほつれかけていた。
土の匂いが染み込んでいた。
色褪せた、グラウンドの匂いが。
「夏は一回しかやってこん。やり直しが効かないんや。振りかぶったら、それまでや。もう、立ち止まることはできん」
言いたいことは、なんとなくわかる気はした。
夏は一回しか来ない。
そんなことはわかってるさ。
だから、アイツは憧れてたんだ。
甲子園のサイレンと、一度きりの勝負。
いつだって恋焦がれてた。
いつか自分もマウンドに立つんだって、それだけを信じて。
「あの日の一球のスピードを、まだ、世界は追い越しとらん。せやから、——もしそれが“運命”やとするなら、あんた達は永遠に、同じ時間に立つことができん。過ぎ去った時間を取り戻すことは」
「なんの話や、…それ」
「あの日、あんたとキーちゃんは、同じグラウンドの上には立たんかった。9回裏、ツーアウト。その場面で投じられた最初で最後の1球は、お互いに触れることができん1球やった。あの日のスピードにはもう、きっと、——追いつけない。…せやけど、私になら…」
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