雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第244話

公開日時: 2023年6月29日(木) 23:19
文字数:779



 ドンッ…!



 乾いた音が、辺り一面に響いた。


 それと同時に、勢いよく踏み込んだ左足が、止まらない時間の中で地面を揺らす。


 影。


 砂埃。


 めくれたシャツ。



 着地と同時に蹴り上げられた土が、空中に飛ぶ。


 体ごと前に迫り出したテイクバックは、背筋の伸びた上体を残したまま、肩甲骨を持ち上げていた。


 大きな弧が、回転する左半身の外側から訪れる。


 空間にぶつかる音と、空気を切り裂く音。


 空気抵抗が膨らみながら、全体重の乗った並進運動が、時間の内側へと収縮していた。


 その“壁”をぶち破るかのように、指とボールの境界線上はギリギリの接点だけを保っていた。


 着地した左足のスピードに乗っかり、体の中心から内側へと回転する右腕が最短距離を走って、そのまま、——前方へと。



 プレートの端に残ったつま先。

 

 指の皮膜に押さえつけられる球面。


 放たれたボールは、まっすぐグローブへと伸びてきた。


 空気を押しのける。


 重力を無視しながら、回転する。


 音はまだ、耳の中にたどり着いてはいなかった。


 地面スレスレを走ってくる直線上の軌道はボールの影を追い越し、時間と時間の“間”を押しのけていく。


 強烈なバックスピン。


 焦げ付くような回転量。


 膨張するスピードは、伸び上がる軌道の中にあった。


 ブレーキをかける間合いも、——距離も、なく。

 




 バシィッ…!





 あの頃と変わらない、力のこもった球。


 受けた左手は痺れてた。


 綺麗なスピンがかかった球に、少し反応が遅れて。




 「これで満足か?」



 投げ終えた後、さっさと帰るぞと彼女は言う。


 めくれたシャツを戻し、乱れた前髪を持ち上げながら。


 俺はすぐには立ち上がれなかった。


 なんというか、…その…



 衝撃的だったんだ。



 何もかもちっぽけに思えてしまうほど、あり得ないことが起こってた。


 記憶が蘇っただけじゃない。


 ずっと確かなこと、——忘れちゃいけないことが、そばにある。


 それをどんな言葉で表現していいかも、分からなくて…

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