ザザァ…
ザザザ
海は、穏やかな陽の下で動いていた。
女は裸足になり、ズボンの裾をめくる。
「よっしゃ!いくで!」
軽く肩を回したあと、勢いよく振りかぶってボールを投げてきた。
慌ててグローブを構えた。
向かってくるボール。
綺麗な回転がかかり、それがちょうど胸の高さまで伸びてきた。
乾いたグローブの音が、賑やかな海水浴場の隅に響いた。
「ソフトボール部かなんか?」
そこらへんの野球部なんかよりも、全然いい球を投げる。
というか普通にうまい。
砂浜の上なのに、全然体のバランスが崩れてないし。
「バスケ部や!」
「え、バスケ部?」
「今はとくになんもやっとらんけどな」
そんな、バカな。
帰宅部が投げる球じゃないぞ…
それに「バスケ」だって?
野球の経験はないってのか?
それは流石に無理があるんじゃ…
「キーちゃんに教わってたんや」
「キー…ちゃん?」
「ああ、千冬のこと」
誰かと思った。
キーちゃん?
どこをどうもじったんだろうか。
聞くと、苗字だと言った。
千冬の本名は、桐崎千冬だったから。
「あんたも知ってると思うけど、キーちゃん、この街でいちばん速い球投げとったやろ?須磨ドルフィンズのエース。あんたの憧れ」
そうだ。
千冬はエースだった。
誰よりも速いストレートを投げてた。
みんなの憧れの的だったんだ。
俺にとっては、世界で一番の。
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