「…でも、連れて行くったって、どうやって…?」
「私ならできる。“特別”やからな」
女の言葉が、信じられないわけじゃない。
だけど信じたくなかった。
信じたら、何もかも壊れてしまうと思った。
どんな形でも、千冬に会えたんだ。
もう一度あの場所、——あの海辺で、キャッチボールができると思った。
まだ、手の中に残ってる。
彼女の投げたボールの感触。
——キレのある、ストレートが。
それを嘘だとは思いたくなかった。
本当のことだと思いたかった。
無機質な電子音が病室の中に響く。
彼女の心臓は動いてる。
…今も、こうして…
…でも…
「なんでそんな平然としとれるんや?」
「そう見える?」
「…まあな」
「あんたに見せたかったんや」
「…何を?」
「キーちゃんの「夢」が、続いとる世界を」
千冬の夢。
——水平線の、はるか先の景色。
俺に見せる…?
なんのために?
千冬を助けるためじゃないのか?
「助ける」って、言ってたよな?
それは絶対に聞いた。
聞き間違いなんかじゃないはずだ。
…だとしたら、そういうことなんじゃないのか?
千冬を助けるために、連れて行ってくれたんじゃないのか?
なあ…
「海は常に動いとる。私が今言えるのは、それだけや」
「はあ??」
「キーちゃんは、あの海辺におるんや。今でも」
…あの海辺、…って
女の口から、その言葉が出るとは思わなかった。
海辺って言ったら、あそこしかない。
…でも、まさか
なんで知ってる?
というかそもそも、あそこで合ってるよな?
一昨日、千冬と一緒にいた場所。
丘の坂道の下にある海辺。
「あんたに知っておいてほしかった」
「…何を?」
「あの日の景色が、まだ残っとること」
「…いつのことや、それ」
「あんたらが、初めてキャッチボールした日や」
…なんで知ってんだよ
毎度毎度思うけど。
初めてキャッチボールした日、——あの海辺の景色を、今でも覚えてる。
だけどそれが?
“残ってる”ってどういう意味だ?
病室の壁際にある机の引き出しから、女はボールを取り出した。
傷だらけの軟式野球ボール。
事故に遭ったあの日に、千冬が持っていたものだ。
お気に入りのグローブと一緒に。
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