雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第282話

公開日時: 2023年8月5日(土) 17:42
文字数:857



 「…でも、連れて行くったって、どうやって…?」


 「私ならできる。“特別”やからな」



 女の言葉が、信じられないわけじゃない。


 だけど信じたくなかった。


 信じたら、何もかも壊れてしまうと思った。


 どんな形でも、千冬に会えたんだ。


 もう一度あの場所、——あの海辺で、キャッチボールができると思った。


 まだ、手の中に残ってる。


 彼女の投げたボールの感触。


 ——キレのある、ストレートが。



 それを嘘だとは思いたくなかった。


 本当のことだと思いたかった。


 無機質な電子音が病室の中に響く。


 彼女の心臓は動いてる。


 …今も、こうして…



 …でも…



 「なんでそんな平然としとれるんや?」


 「そう見える?」


 「…まあな」


 「あんたに見せたかったんや」


 「…何を?」


 「キーちゃんの「夢」が、続いとる世界を」



 千冬の夢。


 ——水平線の、はるか先の景色。



 俺に見せる…?


 なんのために?


 千冬を助けるためじゃないのか?


 「助ける」って、言ってたよな?


 それは絶対に聞いた。


 聞き間違いなんかじゃないはずだ。



 …だとしたら、そういうことなんじゃないのか?


 千冬を助けるために、連れて行ってくれたんじゃないのか?


 なあ…



 「海は常に動いとる。私が今言えるのは、それだけや」


 「はあ??」


 「キーちゃんは、あの海辺におるんや。今でも」



 …あの海辺、…って



 女の口から、その言葉が出るとは思わなかった。


 海辺って言ったら、あそこしかない。


 …でも、まさか



 なんで知ってる?


 というかそもそも、あそこで合ってるよな?


 一昨日、千冬と一緒にいた場所。


 丘の坂道の下にある海辺。




 「あんたに知っておいてほしかった」


 「…何を?」


 「あの日の景色が、まだ残っとること」


 「…いつのことや、それ」


 「あんたらが、初めてキャッチボールした日や」



 …なんで知ってんだよ


 毎度毎度思うけど。


 初めてキャッチボールした日、——あの海辺の景色を、今でも覚えてる。


 だけどそれが?


 “残ってる”ってどういう意味だ?


 

 病室の壁際にある机の引き出しから、女はボールを取り出した。


 傷だらけの軟式野球ボール。


 事故に遭ったあの日に、千冬が持っていたものだ。


 お気に入りのグローブと一緒に。

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