雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第236話

公開日時: 2023年6月21日(水) 23:33
文字数:1,163


 いつからだったかな。


 蝉の声が、近くで聴こえるようになったのは。


 駆け足で街に出かけた午後。


 雨上がりの街の上で、空が透けて見えた。


 埃のかぶってた運動靴。


 ヘンテコなロゴの入った帽子を、ぶっきらぼうに被り。



 いつからか、日差しが眩しく見えるようになったんだ。


 いつも閉め切ってた部屋のカーテンが全開になり、網戸から抜けてくる外の風が、心地よく感じるようになった。



 飲みさしのポカリスエット。


 遮断機の降りた踏切。


 ——夏。



 頬に伝う汗がシャツに染みて、干上がるような気温が、丘を降る坂道の下まで続いていた。


 真っ青な海のそばに聳える街。


 その景色の隣で、「レッツゴー」と叫ぶ声。



 誰かを凄いと思うことなんてなかった。


 今まで。


 外の世界に、何かがあるなんて思いもしなかった。


 全部教えてくれたんだ。


 ——千冬が。


 自分の顔よりも大きいグローブを手に持った、ショートヘアーの女の子が。




 ザァァァ…


  ザザザ…


   ザァァ………




 海。


 明石海峡大橋。


 それから、入道雲。



 ハーバーランドを抜けて、ひたすら海沿いを走った。


 無我夢中でペダルを漕いだ。


 俺だけが知ってる特等席があるんだ。


 夏が来るたびに蘇る、思い出の場所が。



 遊歩道の砂利道を走り、線路沿いのフェンスを伝っていく。


 高松線の中央市場を過ぎて、遠ざかっていくポートタワーの明かり。


 おかんのバイクに乗って、よくここら辺を走ってた。


 4車線の広い道を突っ走って、物流センターのある埠頭まで。


 ポートアイランドの明かりが、遠くに見えてた。


 貨物船も、街の明かりが反射する神戸湾も、すごく綺麗だった。


 街中の喧騒が少しずつ遠ざかる住宅地の道なりを進んで、ヴィッセル神戸の旗のついた街灯が、和田岬駅の近くまで続いていく。


 ノエビアスタジアム。


 工業地帯。


 埠頭の上に立つ、背の高いクレーン。


 この場所、神戸の夜景が一望できる海沿いのこの道を、自転車で走ることは今までなかった。


 おかんと来た時は、毎回橋の近くのファミマに寄ってた。


 いつも星が綺麗なんだ。


 不思議と。


 ヘルメットを脱いで、広い駐車場のブロックに座る。


 バニラ味のアイスを頬張りながら、ふと空を見上げたら、たくさんの星が…


 まじで綺麗だった。


 まるで、街の明かりを全部、空に移したかのように。




 海の見えるこの街で育った俺は、波の音をいつも隣に感じてた。


 おかんに連れられ、いろんなところを走り回った。


 ヘルメット越しに響く350ccの排気音が、どこか心地良くて。


 西宮を過ぎた先の大阪湾と、古びた鐵工所のトタン屋根。


 広い海と空を見るのが好きで、よくバイクを止めてもらってたっけ。


 それなのにだんだん外に出るのが怖くなって、誰にも会いたくなくなって。

 

 須磨駅の向こうにある海岸線の通りに自転車を停めた。


 松の木の並ぶ石垣と、今はもう誰も使ってない電話ボックス。


 この場所は、何も変わってない。


 初めて野球ボールを持った、あの時と。

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