——星…?
いや、あれはなんだ?
なんで、空に、月が2つも…?
混乱する頭の中で、異様な光景が飛び込んできた。
空に浮かんでいる2つの星。
月と、——もう1つ。
雲と雲の切れ間の向こうに、それはあった。
白い表面に、丸み帯びた形。
月よりも少し大きな、輪郭。
巨大な質量。
なんでそんなものが空にあるのか、さっぱりわからなかった。
“それ”は雲を払うように、青天のど真ん中にいた。
成長する積乱雲の峰の向こう。
——限りない、空の向こうに。
「あれは、世界の“先端”や」
地面に膝をつく俺のそばで、女はそう言った。
彼女は、平然とその場に立っている。
まるで、地面の揺れを意に介していないようだった。
他の街の人たちと同じように、揺れの影響を感じていないかのような…
——先端?
一体、…何言って
「かつて、世界は1つだけやった」
「1つ…だけ?」
「あれは空の向こうからやってきた。“時間”の外側から」
そのうちに耳をつん裂くような金属音が聞こえて、街の一部が消失し始めた。
ビルの一部が崩れ始めたんだ。
ビルだけじゃない。
信号機も、電柱も、バス停のベンチも、——人も車も。
まるで砂粒が風に飛ばされるかのように、少しずつその形を失い始めた。
ちょうど、砂場で作った城が雨風に打たれて壊れていくように、実体が、線が、消えていく——。
波が粒子へ、線が点へ。
そこに重力はすでになかった。
少なくともそう見えたのは、崩れていくあらゆる物質の表層が、跡形もなく宙に飛び去っていこうとしていたからだ。
さらさらと空中に飛散するミクロの粒子。
散り散りに解けていく街の風景。
氷が水に変わる時のように、じんわりと、それでいて急速に、その変化は進んでいった。
蝋燭の芯が、少しずつ失われていく時のような。
「嘘…やろ!?」
呆気に取られたんだ。
街が消えていってる。
高層ビルの上階は、すでにその形を持っていない。
街路樹の葉は枝ごと切り離され、建造物のほとんどは、バラバラに朽ちていこうとしていた。
こんなの、…バカげてる…
世界が止まった。
それでさえまだ、現実の中の出来事には思えない。
なのになんだ?
…なんで、崩れていってるんだ?
ガラスもコンクリートも、レンガも草も、ガードレールも。
ショッピングモールとビルを繋ぐ遊歩道が、人を乗せたまま分解していく。
電話ボックスの扉は剥がれ、電柱は倒れることもなく、根本から綻んでいく。
煙が立つかのように空気の中に融けていき、掠れていく道路の標識。
——物質“そのもの”が蒸発していた。
透明の炎のような揺らめきが、ユラユラと立ちのぼりながら。
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