塾から帰ってきた夏樹に伝言だけ伝えて、家を出た。
千冬の家に行くのはいつぶりだろう。
しばらく行ってない。
行ったって、どうせ会えないから。
すっかり夜になって、月明かりが暗い道の上にかかっていた。
電灯もなにもない畦道。
田んぼの収穫がもうじき始まる。
だだっ広い大地には稲が覆い茂って、ギラギラした黄金色の穂が、背を高くしていた。
昼は壮観だ。
この道を通れば。
日当たりもいいし、少し歩けば、海を見下ろせる展望台にも行ける。
昔はほとんど毎日のように歩いてた。
千冬の家は、俺の家から目と鼻の先だから。
「ってか、ほんまに疑っとん?」
「何を?」
「私が「千冬」やないって」
「…ああ」
疑ってるっていうか、信じられないだけだ。
…だって、もしそれが本当なら…
「なんや?」
普通に立って、歩いてる。
それがどれだけ“現実離れ”してるか、きっと、本人にはわからないだろう。
ずっと夢見てたんだ。
夢の中でしか、叶えられないことだと思ってた。
だから正直、頭の中がふわふわしてるんだ。
何度も顔をつねった。
ほとんど反射的にだ。
それぐらい、俺にとっては非現実的だった。
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