「後ろを振り向いてみて?」
…後ろ?
女の言葉を追うように、恐る恐る後ろを振り向くと、また、あり得ないものが飛び込んできた。
見覚えがある。
見たことがある。
そんな“感覚”に打ちひしがれたのは、俺の中で立ち止まっている“時間“が、バチッと電気が弾けるように流れてきたからだ。
背の低い体躯に、麦わら帽子。
裸足の下に履いた水色のサンダルと、大きな瞳。
それが”誰”かが、わからないわけじゃなかった。
…でも、あり得ないと思った。
どうしてここにその「人」がいるのか
どうして、そこに立っているのか…
思わず声をあげたんだ。
「千冬!」
って。
目の前にいる少女が、彼女には違いなかったから。
手を伸ばして、触れようとした。
だけど、それは影のように光の”外“へと逃げていこうとした。
どれだけ速く走って近づいても一緒だった。
触ることができなかった。
近づくことすらできなかった。
すぐ目の前にいるはずなのに、まるで鏡の中の物体のように、絶対に超えることができない“境界”があった。
手が届いた瞬間だった。
俺の指が貫通したのは。
…いや、透けていたんだ。
空気に触れた時のように、そこにはなんの感触もない。
雨上がりの虹を追いかけて、いつまでもそこにたどり着けない。
そんな実体のない幻影が、すぐ目の前にあった。
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