「どや!打てへんやろ!」
ザザァ
ザザザ…
白い砂が宙に舞う。
思いっきり地面を蹴った足と、しなる肩甲骨。
千冬はいつも日差しの下にいた。
日に焼けてたのはそのせいだ。
半ズボンとTシャツ。
どんな時も身軽だった。
裸足で歩くのが好きでさ。
よく勝負してたな。
そういえば。
あれを「勝負」と言っていいのかはさておき、キャッチボールの後に、ホームベースを持ってきて。
ピッチャーとバッターを交互に交代しながら、何度も戦ってた。
結果は言うまでもない。
だから、俺からしてみればあれは勝負でも何でもない。
ただの練習。
野球が、少しでもうまくなるための。
「勝負って、いつも?」
俺が聞きたかったのは、…その、まあ、色々。
高校生になった千冬のことを、俺はよく知らない。
ラインの履歴も、部屋にあったアルバムも、全部漁った。
知らないことばかりが、そこにはあった。
最初アイツを見た時、わからなかったんだ。
“千冬”だってことが。
ずっと見てきたから、普通は気づくはずだって思うよな?
でも、逆にずっと見てきたからこそ、目の前に現れた女子高生が、「千冬」だとは思わなかった。
まさかとは思った。
疑ってしまう自分もいた。
なんていうか、その…
「いつもって言うか、練習の後にね?ほら、私も帰るの結構遅いからさ?たまに見かけるんや。ちーちゃんと亮平君がグラウンドに残ってるのを」
ふーん…
そんな嘘みたいな話が、そばにあるなんてな。
夢では見たことあるよ?
そういうシチュエーション。
朝起きて、覚めてほしくなかったっていっつも思ってた。
夢が終わる間際、千冬のストレートが霞んで見えて…
いつも思い出せなくなる。
夢の続きを。
ボヤけていく元気な頃の千冬の顔と、輪郭。
「海に行くで!」
窓越しに聞こえてくる元気な声が、いつからか遠のき始めた。
窓を開けると、いつもそこにいた。
片手に持った炭酸飲料と、大きめのキャラクターストラップ。
ゴツい個性的なスニーカーが、日差しの強い坂道の上で映えていて。
「どうかした?」
「…あ、いや」
病院に行くたびに、段々と思い出せなくなってきたんだ。
日に日に感じるようになってた。
隣にあったはずのものが、少しずつ遠い場所に去っていくのを。
そういう時はいつも、夢を見てた。
夢の中でアイツは、無邪気に笑って、手加減なんてなしの豪快なフォームで、腕を振りかぶってた。
振りかぶった後に、世界が止まるかのような静寂が一瞬広がって、全てがスローモーションになる。
キャッチャーミットに収まるか収まらないかの瀬戸際に、何かが遠ざかっていくような感覚があった。
夢はいつもそこで終わってるんだ。
気がついたら、朝が来てて。
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