雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第239話

公開日時: 2023年6月24日(土) 17:44
文字数:1,029



 「おい!」



 防波堤のすぐ上で、しばらく海を眺めてた。


 チチチチというスズ虫の声と、流れる波の音を聞き。


 立ち止まって考えようと思った。


 何もかもが詰まったこの場所で、ひと息つこうと思ってた。


 動き回ったってしょうがない時がある。


 だからちょっくら、静かな時間を過ごそうかなって。



 「なにしとんや?こんなとこで」



 バス停のベンチと、国道線沿いの遊歩道。


 しきりに音を鳴らす向かい側の踏切。


 その向こうに見える丘の坂道。


 それと、色の禿げた電信柱。


 神戸市内行きのバスが、明石方面からやって来てた。


 反対車線沿いの街灯が、遊歩道の路面を照らしてる。


 ペダルを漕ぐ自転車の影が見えて、錆びついたチェーンの音が、キキーッというブレーキの振動の中に止まった。


 明石市と神戸市との境目を往来する車の喧騒。


 そのそばに、夜の静けさが一層深まりながら。



 「…千冬?」



 一瞬、誰かと思った。


 こんなところで何やってんだ…?


 いや、それはそっちのセリフかもしれないが。



 「ちょっと休憩しとるとこや」


 「ここで!?用事は済んだんか?」


 「…まあ」



 済んでない。


 進展もとくになし。


 これからどうしようか悩んでるところだ。


 とりあえず。



 「ふーん。ま、検討を祈るわ」



 いまだに、信じられない自分がいる。


 千冬が目の前にいるということに。


 こうして、何気ない会話をしてることに。



 「ちょ、ちょっと待って!」


 「あ?」



 思わず呼び止めたのは、多分、すぐ目の前にある現実に、できるだけ手を伸ばしたかったからだ。


 この世界に彼女がいること。


 いつもと変わらない海の匂い。


 そんなのが全部ぐちゃぐちゃになって、もつれそうになる足のつま先に触れてくる。


 何も変わらないと思う気持ち。


 何かが変わってると期待する心。


 それが「言葉」になるのに、時間はかからなかった。


 彼女を呼び止められる、——距離の中には。



 「…キャッチボール、せん?」



 俺と彼女を繋ぐもの。


 あの夏の思い出。


 どうしても、発せずにはいられない言葉があった。


 それが“言葉”かどうかの確かな証拠は、…多分、目には見えない。


 時間の果てに探していたものが、海とその景色の穏やかさの中に続いているにしても、俺は彼女に、まだ、何もしてあげられてない。


 …だけど、そんなことよりも、まだ何気ない時間が続いていたあの頃の記憶が、心の根っこの部分をくすぐるんだ。


 ずっと一緒に夢を見ていたかった。


 夏はずっと続くものだと思ってた。


 冷えたポカリスエットの後味と、背の高い雲。


 欲しいものは何もなかった。


 …ただ、何気ない日が、続いてくれるだけで。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート