普通に考えてなくね?
どっから編入してくるのか知らんけど、私立に編入してくるやつなんている?
確かウチって誰でも入れるようなとこだぞ?
いや、詳しくは知らないけど。
「とりあえず今はアパート探しとるとこ」
「…いやいやいや、おかしくね?」
「なにが?」
「順序が」
普通編入する前に決めるくない?
なんだよ「探してる」って。
そういうのは色々と段階がある気がするけど…
え、気のせい?
「まあ、無理矢理逃げてきたしな」
「え、…がち?」
「そうやけど?」
おいおいおい
事情はよくわからんが、「逃げてきた」って…
何かあったん?
「別になんもないけど」
「何もないのに逃げるわけないやろ」
「そりゃそうか」
女は他人事のように笑っている。
笑ってる場合じゃない気がするが、どういうことなんだろうか。
「遠くへ来てみたかったんや」
「遠く…?」
「うん。この街に生まれて、この場所で、よく走ってた。明日がどうなってるかも知らずにさ?」
女の表情は暗く、それでいて妙に、落ち着いていた。
「…えっと、つまり?」
「うまくは言えんけど、来てみたかったんや。どれだけ遠く離れてても、辿り着きたい場所があったから」
…ふーん。
よく、…わからんけど
女に言われてたどり着いた彼女の家は、すっかり錆びれていた。
赤瓦の屋根に、昔ながらの木造建築。
見たことも、すれ違ったこともない。
だけど、どこか心の底で、寂しくなってしまう気持ちがあった。
それは草だらけの庭を見たからなのか、蜘蛛の巣だらけの戸口を見たからなのかはわからなかった。
表札が残っていた。
『大坂』
と書かれている。
本当に誰も住んでない。
電気も通ってない。
10年ぶりだそうだ。
ここに帰ってきたのは。
「本当はここで寝泊まりしたいけど、さすがに無理か」
「…まあ、な」
「な?頼むわ。少しの間だけでええからさ?」
「え…?」
「ちょっとの間だけ泊まらせて?」
「…あ、ああ」
承諾するつもりも、納得したつもりもなかった。
だけど、寂しそうな女の顔を見たら、なんとなくいいかなって思えたんだ。
まあ、減るもんじゃないし。
「どうするん?」
「なにが?」
「何がやなくて、住むとこ」
「絶賛探し中」
「お金は?」
「貯金しとるから」
へえ。
俺なんてお小遣い限られてんのに。
家の中に入るなり、外で待っててと言われた。
5分後くらいに戻ってきて、ホコリまみれになった服を払い、「あったあった」と喜んだ顔を見せる。
探し物は小さな「ガラス瓶」だった。
その中に、ゴロゴロと貝殻が入っていた。
「なんそれ」
「宝物」
「ふーん」
さ、帰ろう!言われ、自転車に乗る。
言っとくけど、賛成したわけじゃないからな?
「少しの間だけ」って言うから、仕方なく了承しただけで…
「ありがと」
「…あ、ああ、はい」
「明日もまたキャッチボールしよで!」
「えぇ!?」
もしかしたら、雨が降るかもしれない。
そんな嫌な予感も消し飛ばしてしまうかのような声色で、彼女はそう言った。
星が綺麗な夜だった。
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