雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第245話

公開日時: 2023年7月1日(土) 01:13
文字数:777


 ザザァ


 ザザザ…




 世界が変わってるとかどうでもよくて、何が起こってるのかさえ、追いかける気になれなくて。


 ずっと、探し求めていたもの、思い出そうとしていたこと、そんな気配の先端をつつくように訪れた彼女のピッチングフォームが、夜のとばりの下に映える。


 波風が横からさっと吹いた。


 さやさやと、長閑な海辺のそばを通り過ぎる。


 夏に鳴く虫が、ジーーーーという唸り声を上げている。


 夜はどこまでも深い。


 それは、穏やかな波打ち際の気配が教えてくれていた。


 ただ、それでも…


 


 視界に焼きついて離れなかった。


 頭の中でわかってても、何が起こってるのかわからなかった。


 千冬が目の前にいる。


 それはわかってる。


 だけどそれ以上に、体の底から込み上げてくる感情があった。


 …感情?


 いや、もっと素朴な、…もっと、唐突な。



 冷め上がるような涼しい夜のそばで、風の中に漂う波の音が、ずっと遠い場所まで続いている。


 耳を澄ましてそれを追っても、それがどこまで続いているのかは掴めない。


 今が何時で、何分なのか。


 よくわからなかった。


 それくらい、混濁してた。


 海と、月明かりと、何もかもが鮮明に感じられても、現実がどこにあるかの境界が、はっきりとした形や色の中には見えなかった。


 灯台の明かりが、茫漠とした水平線のそばを照らしている。


 無機質な音がどこかに響き渡って、その合間に、——海の匂い。


 目の前に立つ彼女の向こうには、雲ひとつない夜空が見えた。


 どこまでも広いその空の向こうの星々は、世界の全部の光を吸い取ったように綺麗だった。


 俺はただ、茫然としてた。


 今、自分が何をしていたのかも、忘れてしまうくらい。



 「はよせぇ」


 

 彼女の声にハッとなって、思わず立ち上がる。


 自転車に乗る彼女の後ろを追って、何も考えられない時間が少しあった。


 夢にまで見た千冬のストレートと、焼きついたオーバーハンドのシルエットを、時折、瞳の中に残したまま。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート