思わず手を伸ばしたんだ。
世界が消えかけても、まだ、千冬がそばにいる。
だから、彼女に触れようとした。
届く距離にいる。
——近づける「時間」がある。
遥か彼方から、巨大な星が近づいてくる。
だけどまだ、…まだ、間に合う。
間に合うはずなんだ。
交差点の向こう側に行こうとしている彼女の後ろ姿を、追う。
なりふり構っていられなかった。
たとえ足がもげても構わないと思った。
筋繊維が伸び上がる。
つま先の先端を通じて、ふくらはぎに力が入る。
地面にはまだ、靴底が留まれるだけの“硬さ”があった。
力を入れるほんの間際、足の裏に感じたんだ。
スニーカーのクッションが伸縮し、グッと踏み込んでいける確かな弾力が、——そこにあるのを。
タンッ…!
地面を蹴った。
左足はすでに宙にあった。
ジャリッ…!という乾いた音。
跳ね上がるモノトーン。
たとえ風がなくても、雨が降っていても、絶対に追いつけると信じていた。
昔から。
いつの日か諦めてしまうようになったのは、怖かったからだ。
もう会えなくなるかもしれない。
もう2度と、夢を追いかけられないかもしれない。
時間が止まればいいと思ってた。
いっそ永遠に、同じ場所にいれればいいと思ってた。
夏の景色の向こうに見える雲を追いかけて、どこまでも走れる気がしたあの頃に戻りたかった。
いつの日か。
「空」はいつもそばにあったんだ。
嘘みたいに澄み切った色が、街の向こうまで続いてた。
まだ、雨が降る予感さえしなくて、どこにだって行ける気がして…
踏み出した足。
交差点の中央。
千冬がそこにいるんだ。
どれだけ走っても追いつけなかった、アイツの背中が。
世界がたとえ崩壊しても、——まだ、この手の届く距離にいる。
まだ、間に合う…!
だから動け!
俺の足!
立ち止まっててもしょうがないだろ。
もう、前に行くしかないだろ…!
数えるのも嫌なくらいに待ったんだ。
追いつけるチャンスが来るのを待ってたんだ。
膝をついてる場合じゃないんだ。
今だけは…!
ジメジメした空気。
滴る汗。
コンバットマーチの聞こえる、——夏。
そのずっと向こうに、アイツがいる。
その気配に触れられる、「今」だけは。
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