雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第267話

公開日時: 2023年7月22日(土) 04:53
更新日時: 2023年7月22日(土) 12:17
文字数:866



 思わず手を伸ばしたんだ。


 世界が消えかけても、まだ、千冬がそばにいる。


 だから、彼女に触れようとした。


 届く距離にいる。


 ——近づける「時間」がある。



 遥か彼方から、巨大な星が近づいてくる。


 だけどまだ、…まだ、間に合う。


 間に合うはずなんだ。


 交差点の向こう側に行こうとしている彼女の後ろ姿を、追う。


 なりふり構っていられなかった。


 たとえ足がもげても構わないと思った。


 筋繊維が伸び上がる。


 つま先の先端を通じて、ふくらはぎに力が入る。


 地面にはまだ、靴底が留まれるだけの“硬さ”があった。


 力を入れるほんの間際、足の裏に感じたんだ。


 スニーカーのクッションが伸縮し、グッと踏み込んでいける確かな弾力が、——そこにあるのを。



 タンッ…!



 地面を蹴った。


 左足はすでに宙にあった。


 ジャリッ…!という乾いた音。


 跳ね上がるモノトーン。


 


 たとえ風がなくても、雨が降っていても、絶対に追いつけると信じていた。


 昔から。


 いつの日か諦めてしまうようになったのは、怖かったからだ。


 もう会えなくなるかもしれない。


 もう2度と、夢を追いかけられないかもしれない。


 時間が止まればいいと思ってた。


 いっそ永遠に、同じ場所にいれればいいと思ってた。


 夏の景色の向こうに見える雲を追いかけて、どこまでも走れる気がしたあの頃に戻りたかった。


 いつの日か。



 「空」はいつもそばにあったんだ。


 嘘みたいに澄み切った色が、街の向こうまで続いてた。


 まだ、雨が降る予感さえしなくて、どこにだって行ける気がして…

 


 踏み出した足。


 交差点の中央。



 千冬がそこにいるんだ。


 どれだけ走っても追いつけなかった、アイツの背中が。


 世界がたとえ崩壊しても、——まだ、この手の届く距離にいる。


 まだ、間に合う…!


 


 だから動け!


 俺の足!



 立ち止まっててもしょうがないだろ。


 もう、前に行くしかないだろ…!


 数えるのも嫌なくらいに待ったんだ。


 追いつけるチャンスが来るのを待ってたんだ。


 膝をついてる場合じゃないんだ。


 今だけは…!



 ジメジメした空気。


 滴る汗。


 コンバットマーチの聞こえる、——夏。



 そのずっと向こうに、アイツがいる。


 その気配に触れられる、「今」だけは。


 

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