「おーい!」
ある日、——確かあれは、日曜日の朝だった。
部屋の窓の外から、声が聞こえてきたのは。
気のせいだと思って、窓を開けなかった。
そしたら、もう一度声が聞こえてきて。
「おいってば!」
…誰?
びっくりしたんだ。
夏樹じゃない。
おかんでもない。
…だったら、誰??
恐る恐るカーテンを開けた。
窓を開けて、外を見た。
そしたら、その先にいたんだ。
彼女が。
俺は慌てて、自分の顔を指さした。
「あんたやあんた!」
「…なにか用?」
千冬は俺の顔を見るなり、降りてこいと催促してきた。
確か、隣のクラスの…?
同じ学校の子であることは、その時にわかった。
ただあの時は、まさか家が近くだとは思わなかった。
俺より遠いところに住んでるのに、バスで通ってなかったもんな?
あの頃から自転車で通学してて、めちゃくちゃ漕ぐのが早かった。
元気な子がいるなぁ、くらいの印象だった。
当時は。
だから驚いた。
なんで家の外にいるのかと思って。
後ろ向きに被った帽子。
膝についた絆創膏。
降りてこいと言ってくるから、俺は仕方なく外に出た。
ぶっちゃけ怖かった。
何を言われるのかと思い…
「今ヒマ??」
…え?
誰かにそんなふうに聞かれたことはなかった。
ないっつーか、仮に暇だったとして、何?
素直な感想だった。
それが。
だけど彼女は、うまく答えられずにいる俺に対して、ずいっと顔を近づけてきた。
反射的に後ずさる俺を追いかけ、手を差し出せと言ってきた。
「はい、これ」
わけもわからずに手を広げると、そこには、得体の知れないものが。
重くて、ゴワゴワしてる。
最初それを見た時、汚い雑巾か何かかと思った。
何これ?!って、思わず声に出したんだ。
そしたら、ニコッと笑いながらこう言った。
「キャッチャーミットやで」
キャッチャーミット??
戸惑ったんだ。
そんな単語、聞いたことなかったから。
「なに、それ?」
「キャッチャーミットを知らんのか??」
「知らない」
「…はぁ、まあええわ。私が教えたる。ついてき!」
千冬に誘われて出かけた、昼下がりの午後。
ボロボロのキャッチャーミットを両手に抱えて、必死に後ろを追いかけた。
理由もなく、“一緒に走ろう!”と言われたのは、あの時が初めてだった。
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