雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第263話

公開日時: 2023年7月17日(月) 20:14
文字数:1,419



 ザァァァァァァ…




 「…え?」



 一瞬、耳を疑った。


 ここは街の中だ。


 それなのに、まるで砂浜にいる時のような音が聴こえた。

 

 ——そう、瀬戸内海の海岸。


 あの海の岸辺で流れ着く波の破音が、交差点の中央で響き渡る。


 泡が弾けていく質感が鼓膜を揺さぶって、何重にも重なった分厚い層のような厚みが、空気の切れ間の中を凄まじい勢いで駆け抜けていった。


 空気が押し潰されていくような重低音。


 それから、波線。



 ビルというビルのコンクリートが崩れ、中の鉄筋が剥き出しになろうかとしていたその時、その“消失”は、地面にも及び始めていた。


 アスファルトの表面が剥がれ、その下にある地面の土が浮き上がる。


 道路に敷かれた白線は、浮き上がる土と一緒に、消失する街の中に呑まれていった。


 空間の内側へと沈んでいこうとしていた。


 空間のずっと奥、——深いところに。




 全てが、“ほどけて”いく。




 みるみるうちに形が失われて、まるで水に流れていくような滑らかさが、目まぐるしい変化の渦中に広がっていた。


 遠ざかっていく何か——


 気配はすぐそばにあった。


 何かが消えていこうとする気配が。


 …だけど、それを視覚の中に捉えられるほど、はっきりとした感触をすぐに見つけることはできなかった。


 世界が透けていく。


 「線」の外側へと何かが逃げていこうとしている。


 風も、街の音も消えた空間のそばで、次第に空が暗くなり始めた。


 そして、揺れが続いている地面の、——上には。



 眼球の表面。


 その水晶体の真上を泳いでいく1つの影が、光の屈折の中に届いた。


 入ってくる光の量は、世界を見渡すには十分すぎた。


 網膜の内側で形成される像。


 鮮やかな色調と、——実体。



 ピントは合っていた。


 空とその色を、直視できるほどには。



 巨大な影が、瞳の中を通りすぎる。


 ガラスに反射する街の景色のように、それは確かな線を持っていた。


 だけどそれを“影”と呼ぶには、あまりにも大きな存在感を放っていた。


 見渡す限りの青い空に、“それ”はやってきたんだ。


 時間の猶予も感じないほど、速く。


 空からやってきたとは感じないほど、近く。




 …隕………石………?




 不意に女の言葉を思い出した。


 鼓膜の内側に触れる雑音。


 ノイズがかかったような声色。



 …でも、そんなバカな…




 “それ”は成層圏を抜け、地球の重力に引っ張られるように、強烈な空気抵抗を携えながら近づいてきた。



 あり得ない速度で。


 陽射しのトーンを変えてしまうほどの、大きさで。



 まさかと思いながら、瞳のレンズに映るその巨大な物体を、——追った。


 空に浮かんだ2つの星。


 月じゃない、もう一つの、「星」を。


 




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……




 落下してくるその星の下で、世界の端が、ドミノを倒したように傾き始めた。


 轟音を立てて沈んでいくビルと、地面。


 アスファルトには亀裂が入り、倒壊する建物の向こうに、雪崩のように膨らんでいく巨大な放物線が見えた。



 津波だ。



 ビルよりも高い波が、世界の端から迫ってきてた。


 濁流に持ち上げられる水飛沫と、形容し難い音。


 何もかもが破壊されていくような音が、削岩機のように鳴り響いた。


 爆発的に伸び上がる放物線。


 水の躍動。



 街が飲まれていく。


 ものすごいスピードでぶつかってくる白波が、高く飛び散って宙に舞い上がり、ザザザザと蠢きながら千切れていく。


 コンクリートの壁に波が砕け、うねりがまくれ込みながら、白く崩れ落ちる。


 目も眩むほどの速さで走り上がってくる。


 阪神高速線の高架下をくぐり、かたやセンタービルの頭上を乗り越え、空にも達するほどの勢いで。



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