「ちゃんとマスクつけぇよ?」
「めんどくせぇ」
女がサインを口で言って、それを受ける。
簡単な話だ。
ただ、キャッチャーをやるのが久しぶりすぎて、最初のうちは苦労した。
女の投げる球はそれぐらい強烈だった。
とくにスライダー。
曲がり方が特殊で、一度曲がってからふけるように落ちてくる。
事前に投げるって言われてないと捕るのが難しい。
ストレートはストレートで、伸びが半端ないから、ある程度気を引き締めとかないと…
バシィィッ!!
オーバーハンドから投げ下ろされる、しなやかな腕の振り。
重心は低く、スライドしてくる左足のステップは、地面のいちばん低いところを通過して、出来るだけ前に進んでいこうとする力を正確に伝えている。
スニーカーの先端がこっちに向いた。
その最中に、地面の上を走る広いステップ幅が、体全部を動かすようにぶつかってくる。
「痛ったッ…」
女の身長は160センチくらいだ。
でも、それ以上に女がデカく見えるのは、踏み込んできた左足の着地点が、普通のピッチャーよりもだいぶ前に着地しているからだろう。
通常、ステップ幅は身長の80%から85%くらいと言われてる。
だけど女は俺が投げる時よりもずっと前に進んで、投球モーションの反動をつけている。
俺の身長が170センチだということを考えると、そのステップ幅の広さは、ある意味常軌を逸してる。
ステップ幅が広くなれば、それだけ腕の振りにも勢いがついてボールの威力は増す。
けど、あんまり幅が広くなりすぎると、着地した際に左ひざが折れて、うまくボールをコントロールできない危険性がある。
ただ女は地面に吸い付かせるようにギュッと左足を着地させた後、重力に倒れそうになる膝を支えたまま、地面反力を使うように跳ね上がってボールをリリースしてくる。
一言で言えば“ダイナミック”だ。
最後の最後まで、指先に伝わるボールの力を逃がさない。
それが、ストレートの“キレ“と速さを生んでいた。
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