雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第109話

公開日時: 2023年3月31日(金) 22:44
文字数:565



 「知ってた?


 走るのには、何もいらないんだよ?」



 初めてアイツと出会った時、顔には絆創膏が貼られていた。


 ズボンは土だらけだった。


 街の公園の隅で、人知れず壁に向かってボールを投げ続けていた。


 何度も、…何度も。


 公衆トイレの壁はボールの跡がこびりついていた。


 1日や2日じゃ、絶対につかないような跡だった。



 何しとん?



 そう尋ねると、彼女は、顔色ひとつ変えずに俺の方を見ていた。


 “邪魔すんな”


 そう言わんばかりに。



 先週も、女に連れられて千冬に会いに行った。


 でも、やっぱり目を瞑ったままだった。


 どうしたらアイツにまた、会えるだろう。


 もう無理だと分かっていても、まだ、心の中にあるんだ。


 ——もしかしたら


 そう思う気持ちが…




 ジリリリリリリ…!




 目覚ましを消すと同時に、カーテンが開く音が聞こえた。


 ドタドタドタという足音。


 階段を上り下りする生活音。


 瞼の向こうに揺れる人影のそばで、小気味のいい鼻歌が聞こえてくる。


 〜♪


 朝は二度寝するって言ったろ。


 わざわざ人の部屋のカーテンを開けにくるバカ。


 女は「はよ起きろ!」と無理やりシーツを引っぺがし、目覚まし時計ばりの騒がしさで眠りを妨げてくる。


 ここ最近はずっとだ。


 たまに俺より起きてくるのが遅い時があるが、大抵は先に起きて朝の支度を始めている。


 慣れてきたと言われれば慣れてきた。


 女の騒がしさにも、慌ただしい朝の時間にも。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート