別に引っ掛からなかったわけじゃない。
女が千冬の名前を出すたびに、思わず足を止めてしまう自分がいる。
でも、ぶっちゃけそんなことはどうでもよかった。
たとえ本当に友達だったとしても、俺になんの関係があるんだ?
今日になってとくに、そう思えた。
だってそうだろ?
俺には関係ないことだ。
友達だろうが、友達じゃなかろうが。
背中をポンと叩かれながら、坂道を降った。
須磨の街の景色と、青い空。
瀬戸内海の海原が広がっている。
日差しに照らされて、海面スレスレがギラギラだ。
曲がり角にあるカーブミラーと、急勾配の道。
もう9月だというのに、太陽が近い。
通り過ぎる風のそばで、日に焼けた肌がひりついた。
加速する自転車の前方から、波の音が近づき。
「ゴーゴー!」
やかましい女だな…
昨日の豪速球といい、非常識な態度といい、色々と活発すぎる。
後ろで両足を広げるな。
自転車のバランスが狂うだろうが。
「名前は?」
「あれ、まだ言ってなかったっけ?」
呆れた。
言ってなかった?じゃねーんだよ。
そういうのは出会ってすぐにするべきであり、半日以上が経ってからじゃない。
『大坂楓』
女はそう言った。
もちろん、初めて知る名前だ。
千冬から、小耳に挟んだこともない。
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