雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第309話

公開日時: 2023年8月31日(木) 22:23
文字数:865


 「科学装置が発明される前の遠い過去では、「夏」はまだ、この世界に残っとった」



 夏が、…世界に…?


 それは今もだろ?


 今年だって、まだ秋じゃないぞ。



 「いいや、もう夏は来ない。来年も、再来年も」


 「どういうこと?」


 「私たちは今、「海」の中におるんや。深い海に」


 「は?」


 「“変えられない事象”って言うのは、もうすでに“過ぎ去った時間”のことを指す」


 「過ぎ去った…時間…」


 「今年の夏は、もう二度と戻ってはこん。そうやろ?」


 「…まあ」


 「せやから、あんたを連れて行ったんや」


 「どこに?」


 「あの世界に」



 女はベンチの上に寝そべり、優しく瞬きをする。


 電灯の明かりが少しだけ暗くなった。


 夜は、さっきよりもずっと深い。


 けど、時間の流れは、ずっと穏やかなままで——

 


 

 「あの世界で、私たちはまだ出会ってなかった。それは世界の記憶の一つなんや。未来が失われた、——世界の」


 「“私たちが初めて出会った場所”、…確か、そんなこと言ってたよな?」


 「私とあんたがこうして話しとるのも、「今日」であって、「今日」やない。まだ“出会ってない”。それに近い「時間」というか…」


 「出会ってないって…。じゃあいつ出会うねん」


 「さあ、わからん」


 「わからんって…」


 「冗談に聞こえるかもしれんけど、真面目な話」


 「真面目には聞こえんけどな?」


 「はいはい」



 千冬を救う方法。


 それがなんなのかを、今すぐに知りたい。


 どうやって救うんだ?


 何をすればいいんだ?


 そんなことばかりが頭の隅にチラついて、騒がしかった。


 女はそれを見透かしたように、俺の言葉を遮ってきて。



 「で、どうやって…」


 「結婚」


 「…は?」

 

 「あんたとキーちゃんは、未来で結婚してた」



 何が聞こえたのか、一瞬わからなかった。


 聞き慣れない言葉が聞こえた気がした。


 だからもう一度尋ねた。


 そしたら——



 「結婚。意味わかるやろ?」


 「ケッ、ケッコン!?」




 …意味が、わからない…


 …いや、意味はわかる。


 言葉の「意味」は。



 でも、…どういう…




 「世界にまだ「未来」が生まれる前、「夏」が、まだこの世界に存在した日。あんたとキーちゃんは、あの海辺にいた。雨上がりの空の下で」

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