お前の口癖だったよな?
「海に行くで!」
無駄にテンションが高くて、天気予報なんて見もしないで。
クソ暑いのに海?
海になにがあるんだよ…
心の中ではそう思ってた。
まじでめんどくさかったから。
あの頃、何かを見つけたいと思うことはなかった。
外に何かがあるとは思えなかったし、おまけに、傘はぶっ壊れるしで。
なんなんだろうな?
ほんとに。
あんだけ嫌がってたのに、いつのまにかインターホンが鳴るのを待ってた。
朝起きると何かが始まる予感がして、窓を開けてた。
背伸びしながら。
やかましい目覚ましの音。
むさ苦しいほどの蝉の声。
「1球だけやで?」
一体何年ぶりだろうか?
こうしてグローブをはめ、18m先の距離にいる彼女の姿を、目の当たりにするのは。
いつも感じてた。
ロジンバックの粉がついた指が帽子のツバに触れ、白い煙が、マウンドの上に立つ。
何かが始まるような予感と、プレイボールの合図。
ずっとドキドキしてた。
目を離す暇もなくて、しきりに加速する心臓の音が、耳鳴りのように響いてた。
そうだ。
この感じ。
投げる前の一呼吸。
狙い澄ましたような鋭い瞳。
時間が止まるようなゆったりとした構えから、ワインドアップのモーション。
記憶の奥底から蘇ってくる彼女の姿を、思うように見つめることができなかった。
視点がグラついた。
目の前で起こってることが、あまりに懐かしかったから。
ザッ………!
スカートの下の短パンが見えるくらいに大きく上げた左足が、地面の中心へとダイブする。
垂れたシューズの紐が風の抵抗に揺れ、加速する一瞬。
踵にはもう体重は乗っていない。
地面を掴んだ右足が、コンマ1の内側へと突入しようとして、動く。
つま先の内側へと潜り込むように膝が傾き始めた。
人差し指にかかったボールが、体の反対側へと捻れていく。
ボールは今、いちばん遠いところにある。
体重を乗せた1秒にも満たない距離。
それと、——接点。
スライドしていく左足のステップが、地面のいちばん低いところを飛行していく。
ダイブするその矢尻の先端から、軸足は、遠ざかるように後ろへ。
体の中心は地面の懐を捉えたままだった。
動き始めたモーションの中間で、時間は波打つように交錯していた。
沈んでいく重心が、重力の先端へ加速しきる最小単位への臨界線を、——残したまま。
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