誰よりも速いストレートを投げる。
その「声」が、間近に聞こえてくるようだった。
迷いも何もなくて、いつだって透き通ってた。
「夏」そのものだった。
なんとなく、だけど…
積乱雲の向こうに聳える空。
ジメジメした空気。
サイレンの音の向こうにある、——グラウンドの熱気。
千冬はいつだって、明日空が晴れることを信じてた。
だから俺は彼女の後ろを歩いて、その言葉の向こうにある確かな景色を、いつか見つけたいと思っていた。
「夢」で見た空は、いつだって青かった。
雨の降る気配が消えて、その先に聞こえる蝉の声が、世界の全てを覆ってた。
大きく振りかぶって、なによりも速い“時間”を追いかけて。
バタンッ
明太子マヨが無い。
トーストに塗るものがないから、バナナでも食おうか。
バターはあるけど、いちいちスプーンを取り出すのもめんどくさかった。
お腹もそんなに空いてない。
かといって、何も食べないってわけにはいかない。
前にそれで失敗したし。
授業中にお腹すぎすぎて、全く集中できなかったっていう。
そうこうしているうちにインターホンが鳴った。
千冬だ。
さっさと身支度を整えて、洗濯物を干した。
干してる途中に三十郎が本宅からやってきて、ニャーという。
ハイハイ。
缶詰缶詰…っと。
お前はこの世界でも健在だな。
相変わらずの食いしん坊め。
あんまり食い過ぎんなよ?
あと、盗み食いだけはすんな?
メタボになっても知らないからな、俺は。
「ほな、行ってくる」
昨日と同じように自転車に乗って、俺たちは学校に向かった。
丘の坂道を下り、海沿いの国道線を通って、街の中心へ。
できることなら、今すぐに確かめたいことがある。
今すぐにグラウンドに向かって、千冬が投げる姿をもう一度見たい。
別に難しいことじゃないよな?
駆け出した足をほんの少し立ち止めれば、きっとすぐにでも、あの場所に行ける。
たどり着けない場所、この足で向かえない距離は、どこにも無いはずなんだ。
多分…だけど。
嘘みたいな空が、世界の果てまで広がってる。
そんな澄み切った晴れ模様が視界の隅に掠めるのは、きっと、手の届く場所に、彼女がいるからだとも思う。
手の届く場所——?
いいや、「夢」の続きの向こうに。
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