足が動かない。
逃げなきゃいけない…!
…でも、どこに…?
地面はあちこちが窪み、立っているのもやっとなくらいの揺れが、収まる気配さえない。
波の飛沫が霧のように飛んでいる。
うなり声を上げる地響きが、渦のように逆巻いている。
どこにも逃げ場はなかった。
大通りも、路地裏も、橋の向こうも。
道路の標識は、すでにその面影すら無くなっていた。
信号機はもう何色かもわからず、コカコーラの自動販売機は、跡形もなく街から消えた。
散開する破片がスローモーションの画面のようにふっと落ちて、撥ねる。
空気を伝って、視界全部が倒れていくような気配が、雨足のように近づいてきた。
サァァァァァ
——風?
いや、違う。
風じゃない。
風はもう吹いていない。
…だとしたら、なんだ?
ポタポタと何かが降ってくる感触がして、ほっぺたを拭う。
水…?
…一体、どこから?
晴れ上がっていた空から、冷たい水滴が落ちてくる。
ゴロゴロと唸る雨雲が広がり、空全体が曇り始めていた。
“空そのもの”は回転していない。
止まったままだ。
それがわかったのは、綺麗な一本の尾を引くひこうき雲が、まだ、神戸市内の上空に停止していたからだ。
雲の尾は飛行機のエンジン口から噴き出るように線を引きながら、止まっていた。
まるで、世界の中心に、線を引いたかのように。
——雨?
回転していないはずの空から、ポツポツと雨が降り始める。
今日は雨の予報なんてなかった。
さっきまで、伸び上がるような青が広がっていた。
どす黒い雲が空の向こうに、……見えて
一体、いつから…?
まばらに散らばった灰色の綿雲が、いつの間にか、上空の至るところに浮かんでいた。
低いところ、高いところ、そのあちこちに飛翔し、上昇気流を掴んでいる。
日の光がその雲の切れ間に透けて見えて、ほんのりと青白い。
落下してくる星は、その輪郭をさらに大きくしていた。
何万メートルもの高度に聳える頭上、——そのずっと、向こうから。
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