「ここからはよく見えないかもしれんけど、確かにあるんや。あの向こうに」
頭でもおかしくなったのか…?
しかめっ面で、彼女のことを見る。
彼女はただ笑ってた。
さっきまで、そんな素振りさえなかったのに。
「もし、キーちゃんを救う方法が1つしかないとしたら、あんたはどうする?」
「千冬を…救う方法?」
「そうや。たった1つ、——しかもそれが、100%やなかったとして」
「…そんなもん決まっとるやろ」
「…どんなことでもか?」
「当たり前や!」
「ほんなら、明日雨が降るとしても?」
…雨が、降る…?
それに対する言葉を、すぐには用意できなかった。
躊躇があったわけじゃない。
天気のことなんてどうでもいい。
千冬が助かるなら、なんでも…
戸惑ったのは、そういうことじゃなかった。
女の言ってることが、いまいちよくわからなかったからだ。
明日がどうなろうと知ったこっちゃないが、それでも…
「あんたをあの世界に連れて行ったのには理由がある」
「…理由?」
「空にはたくさんの星がある。昔、感じたことはなかったか?銀河の向こうには、何があるのかって」
女は時々、ハッとなることを言う。
心の中を覗き込まれたみたいに、ドキッとすることが。
「ある…けど」
「キーちゃんが旅をしとったのは、宇宙の向こうにある世界や。果てのない世界。遥かな時間の向こう」
「笑える」
「そうかもな?でも、昔言っとったやろ?銀河の中を船に乗って、飛んでみたい。どこまでも続く世界を、旅してみたい」
…そういえば、そんなことも言ってた。
天体望遠鏡を覗き込み、空を見上げて——
「世界には変えられない“事象”がある。どんなに宇宙が広くても、どんなに世界を旅しても」
「例えば?」
「キーちゃんが事故に遭ったのは、ずっと前から決まっとった」
「ずっと、前…から…?」
「たった一つの時間が、はるか昔に失われた。「夏」がもう来なくなった。いちばん暑かった、あの季節が」
寂しそうにそう話す。
心なしか、悲しんでるようにも見えた。
小さなため息をつくように。
そっと、肩を落とすように。
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