雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第78話

公開日時: 2023年3月11日(土) 22:35
文字数:746


 俺は目を瞑ったんだ。


 “間に合わない”と思ったから。


 次の瞬間にはもう、電車の機体が女を呑み込んでいると思った。


 フェンス越しに巨大になっていく機体。


 回転する車輪の音。


 何もかもがスローモーションに見えて、それでいてあっという間だった。


 あっという間に、風を噴き出すような音が近づいてきた。


 数メートル。


 あとほんの少しの“間”に向かって突進していく機体が、レールを軋ませながら通り過ぎようと、



 ——していた。



 うわああああ




 目を閉じた先で、同時に耳も塞いだ。


 次に何が起こるのかが、簡単にイメージできたからだ。


 絶対に死んだッ……!


 電車にぶつかって、……それで……




 ………



 ……


 …



 「目を開けてみて」




 ………………え?



 その言葉が届いたのは、目を閉じてから数秒が経った頃だった。


 女の声がする。


 だけど妙にすっきりした、音。


 空気が透き通っている。


 そう思ってしまうほどに滑らかな声色が、鼓膜のすぐ表面にまで飛んできた。




 「…なんだ、…これ」



 目を開けると、そこにはあり得ない光景が広がっていた。


 地上に落下してくる雨粒が空中で止まり、その「球体」は、空気抵抗によって底が潰れていた。


 それを“知れた”のは、重力に沿って落ちてきた1つ1つの粒子が、今にも地面に到達する速度で、ブレーキをかけたように目の前に静止していたからだ。


 透明なその粒子は、360度、世界を覆っていた。


 そしてその向こうで、電車が立ち止まっていた。


 さっきまで動いていたはずのあらゆる物質が、その輪郭を失うこともなく硬直し、音もなく停止しながら。


 まるで写真を見ているかのようだった。


 そこに“動き”は無い。


 色も、音も、形も、線も、少しの振動もなく、その場に滞留している。


 その“繋ぎ目”には、何もなかった。


 そう思えるほどの深い沈黙が、目の前に広がっていたからだ。


 灰色の空の下で。

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