なあ、覚えてるか?
嘘みたいに晴れた雨上がりの日。
波打ち際のそばで、一緒に砂浜に寝転んだこと。
淡路島と大阪湾を挟む水平線の向こうには、見たこともない積乱雲があった。
とにかく大きかった。
空はこんなにも青いんだって、あの時に知った。
本当にびっくりするくらい、綺麗だったんだ。
わけわかんないくらい、清んでてさ?
全部教えてくれたんだ。
千冬が。
世界は広いんだってこと。
雨が止んだ後の世界は、信じられないくらい透き通ってるんだってこと。
霞むくらいの騒がしい波の音と、蝉。
ぼろぼろのキャッチャーミットが、手に余るほど大きかった。
砂粒が靴の中に入って、気持ち悪いくらいじゃりじゃりしてた。
それから——
「帰る」
「待てって!」
数えきれないくらい、色んなものが詰まってる。
——感覚、匂い、光の加減、湿った空気。
世界は何も変わってない。
それを確かめたいんだ。
お前とキャッチボールしたら、もしかしたら…
「大体あんた、グローブは?」
「…ああ」
「バック取りに行ったんか?」
「まだ」
「なにしとんねん」
バックのことなんてすっかり忘れてた。
そうか。
グローブがないのか。
…まずったな
…だったら、じゃあ、あれでいい。
見せてくれるだけでいい。
ストレート。
夢でいつも見てた、——お前の。
「グローブ貸してくれん?」
「借りてどうすん」
「お前の球を受ける」
「はぁ??」
「投げてくれるだけでええから」
「投げ……は?なんて?」
いまいちピンと来てないようだったから、改めてお願いした。
ちゃんと、目を見て。
うーん…
やっぱり、納得してくれてないみたいだな。
そりゃそうか。
疲れてんのに、わざわざ投げたくないよな。
まだ、キャッチボールの方が理解できるかも。
急に投げてこいとか言われても、そりゃそんな顔にはなる。
こんな時、なんて言うのがいいんだろうか。
お前の球を見たい?
お前の投げる姿を見たい?
…ああ、もう、めんどくせー
ストレートに言うしかなくね?
周りくどくしたってしょうがないし。
理由なんて、いちいち引っ提げたくもない。
「一生のお願いや!」
「こんなところで一生を使うな」
「そんなケチケチせんでもええがな」
「意味わからんのやけど」
「投げてくれるだけでええから」
「はぁ」
「なんやねん「はぁ」って」
「なんで私が怒られるん?」
「怒っとらん」
「怒っとるやん」
「どこが!?」
「うーん、なんとなく」
「お前の目は節穴か?」
「喧嘩売っとん?」
「売っとるように見える?」
「うん」
「…やっぱ節穴やん」
「投げるってどういうこと?」
「そのままの意味や」
「そのままの意味がわからんのやけど」
伝わんねーなぁ…
そんな難しいこと言ってるっけ??
簡単に考えてくれればいいんだよ。
ややこしく考えなくていいから。
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