信号が青に変わって、交差点の上を歩く人の足が、バタバタと動き始めた。
街の音が少しずつ膨らんでいく。
高速道路の高架がビルの切れ間に見えて、視界の果てまで続いているいくつもの建物が、肩を寄せ合うように並んでいた。
大通りの喧騒は、どこに向かうともなく騒がしい。
大きな看板の目立つ百貨店。
目を覆うほどに背の高い高層マンション。
昔からポツンと建ってる、緑の屋根のリサイクルショップ。
商店街のそばにある図書館の店員が、花に水をやってた。
ガラス張りのスポーツジムは相変わらずの盛況で、朝から汗を流している人が何人も。
学校に向かう千冬の後を追って、ハンドルを握った。
信号が変わらないうちに。
日常と街と、——その隣にいる彼女を、見失わないように。
……チチチ
風が鳴り止んだように静かになって、辺りを見渡した。
急いで渡ろうと思って、ペダルを踏んだんだ。
そしたら——
ジジジジジ
ミーン…
耳の奥が高い音(ね)で鳴り響いて、地面の上に泳ぐビルの影が、巨大な輪郭を保ったまま動かない。
変わったばかりの信号機の色も、靴底の擦れるサラリーマンの足音も、景色の断片の中に立ち止まる。
マフラーから噴き出る煙。
花壇のハイビスカス。
青い道路標識。
朝の喧騒のそばに通り過ぎる1つ1つの景色が、僅かな振動も残さないまま、止まる。
——それは一瞬だった。
時間が動いていく方向、その「輪郭」が、萎んだ風船のようにあっという間に、——失われていったのは。
予備動作のない静寂。
霧散する空気。
視界の中心に訪れたのは、——そう、まるで、ビデオの停止ボタンを押した時のような光景だった。
重力が沈んでいく感覚と、耳の内側が膨張するような圧迫感。
視界の隅々で火花が散って、チリチリと浮かび上がるボヤのような光の粒が、眼球の外側へと流れ始めた。
——まだ、“時間”はそこにあったんだ。
ペダルを踏んだその瞬間には。
交差点の白線を越えようとしていた。
青と同時に動き出した街の中心で、一歩前に、足を踏み出そうとしていた。
9月の夏の終わりと、うろこ雲。
その、真下で。
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