雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第249話

公開日時: 2023年7月4日(火) 20:06
文字数:843



 信号が青に変わって、交差点の上を歩く人の足が、バタバタと動き始めた。


 街の音が少しずつ膨らんでいく。


 高速道路の高架がビルの切れ間に見えて、視界の果てまで続いているいくつもの建物が、肩を寄せ合うように並んでいた。


 大通りの喧騒は、どこに向かうともなく騒がしい。



 大きな看板の目立つ百貨店。


 目を覆うほどに背の高い高層マンション。


 昔からポツンと建ってる、緑の屋根のリサイクルショップ。



 商店街のそばにある図書館の店員が、花に水をやってた。


 ガラス張りのスポーツジムは相変わらずの盛況で、朝から汗を流している人が何人も。


 学校に向かう千冬の後を追って、ハンドルを握った。


 信号が変わらないうちに。


 日常と街と、——その隣にいる彼女を、見失わないように。




 ……チチチ




 風が鳴り止んだように静かになって、辺りを見渡した。


 急いで渡ろうと思って、ペダルを踏んだんだ。


 そしたら——




 ジジジジジ


 ミーン…




 耳の奥が高い音(ね)で鳴り響いて、地面の上に泳ぐビルの影が、巨大な輪郭を保ったまま動かない。


 変わったばかりの信号機の色も、靴底の擦れるサラリーマンの足音も、景色の断片の中に立ち止まる。



 マフラーから噴き出る煙。


 花壇のハイビスカス。


 青い道路標識。



 朝の喧騒のそばに通り過ぎる1つ1つの景色が、僅かな振動も残さないまま、止まる。


 ——それは一瞬だった。


 時間が動いていく方向、その「輪郭」が、萎んだ風船のようにあっという間に、——失われていったのは。



 予備動作のない静寂。


 霧散する空気。


 視界の中心に訪れたのは、——そう、まるで、ビデオの停止ボタンを押した時のような光景だった。


 重力が沈んでいく感覚と、耳の内側が膨張するような圧迫感。


 視界の隅々で火花が散って、チリチリと浮かび上がるボヤのような光の粒が、眼球の外側へと流れ始めた。


 ——まだ、“時間”はそこにあったんだ。


 ペダルを踏んだその瞬間には。


 交差点の白線を越えようとしていた。


 青と同時に動き出した街の中心で、一歩前に、足を踏み出そうとしていた。


 9月の夏の終わりと、うろこ雲。


 その、真下で。

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