廊下の窓に差し込む外の日差しも、『1年B組』と書かれたドアの上の標識も、何もかも新しい。
夏が終わろうとしてるのに、時間が止まったように風の流れは穏やかだった。
当たり前のように接してくるクラスメイトの顔が、奇妙なほどに懐かしくて。
「記憶は残ってる」って、女は言ってた。
どういうことかって言うと、こっちの世界の『俺』の記憶が、頭の中に入ってるらしい。
なんのこっちゃ??って思ったが、どうやら、今俺の頭の中には、「俺」と『こっちの世界の俺』の記憶が、両方混在してるらしいんだ。
だから、“時々思い出すことがあるかもしれない”って言ってた。
夢の中で見た景色のように、曖昧な線として浮かび上がってくるかもしれない、って。
だけど、ほんとにそうなのかな。
理屈はわかってんだけど、こっちの世界の記憶が蘇るみたいなことが、まだ、起こった試しはない。
ただ、妙に懐かしいなって思うことがあった。
初めて見る景色のはずなのに、“なんか見たことがある”って感覚?
それに近いものが。
机の中にある『バッティング理論』の本。
『俺』の愛用書だ。
ページのいくつかに付箋がしてあって、カラーペンで、要点にチェックが入れられてる。
勉強熱心だな。
野球のことに関しては。
一ノ瀬さんから聞いたが、最初は半信半疑だった。
1年でレギュラー張ってて、しかも、「4番」だっていうことが。
強豪校じゃないとは言え、“1年でレギュラーで4番”ってわりとバグってる。
“期待のスラッガー”って、チームでは思われてるっぽかった。
練習試合ですでに10本以上ホームランを打ってるって、津嶋先輩から聞いた。
10本ってやばくね??
どこの球場で打ったのか知らないが、硬式ボールだろ?
俺、まだ打ったことないぞ?
試合はもちろん、ただの練習でも。
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