雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第274話

公開日時: 2023年7月29日(土) 15:14
文字数:933


 動き出した電車に揺らされ、言われるがままに目を瞑ったあの時、ガタガタと響く線路の音が、次第に遠退いていくような感覚があった。


 車輪の動く音が速くなって、長い時間が過ぎたような暗闇が、頭のずっと奥に入り込んできた。


 どれくらいの時間が経ったのかもわからないまま、気がついたら、声が聞こえてきた。


 底の見えないぬかるみの奥で、地面の底をつつくような乾いた音がした。


 誰かに呼ばれたような気がして、意識ははっきりしないままで。



 鼓膜の内側に響く声を便りに、目を開いた。



 いつもと変わらない日常と、——景色。


 学校が終わった、午後の街並み。


 阪神線の線路。



 「亮平」



 そう呼ばれた先で、思わずハッとなる。


 明るく、軽やかなトーン。


 ほんのりと茶色がかった髪。


 


 …誰?


 そう尋ねて、返ってくる言葉。


 その「言葉」は、初めて聞く声にしては、どこか聞き覚えのある声色だった。


 透き通った目の色も、袖を捲ったシャツも。



 最初、誰かはわからなかった。


 それぐらい、見慣れてない顔だった。


 …見慣れてない?


 多分、——いやきっと、そういうことじゃない。


 元気なアイツの姿を、ずっと想像してきた。


 もしも事故に遭わなかったら、今頃何をしてるだろう?


 高校生活を送っているとしたら?


 同じ時間を、また、一緒に過ごしていたら?

 


 丘の坂道を駆けていく。


 ハンドルを握り、緩やかなカーブを抜けて、——その先へ。



 アイツはいつだって、ブレーキをかけなかった。


 空に描いた夢を追いかけて、まだ見たこともない世界に期待して、雨の予報なんて、気にも留めないで。



 だから、…きっとそういうんじゃない。


 見慣れてないとか、知らない顔だとか。



 心のどこかで、薄々気づいていた部分があった…と思う。


 そりゃ、最初は戸惑ったさ。


 知らない奴が、急に声をかけてきたと思って。

 

 

 当たり前のように、俺の名前を呼ぶ。


 呆れた顔で、「大丈夫か?」と尋ねてくる。


 何が起こってるのかわからなかった。


 それくらい、見覚えになかった。


 大人になった姿が。


 ——何気なく笑う、その顔が。


 

 

 駅のホームで流れるアナウンス。


 騒がしい街の繁華街。


 夕暮れ時の影のそばで、さっと、空が動いた。


 ロータリーに通過するバスと、——その向こう。


 

 




 千冬がいたんだ。


 そこに。


 セーラー服を着た、彼女が。



 …………………………


 ……………


 ………


 …






 

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