動き出した電車に揺らされ、言われるがままに目を瞑ったあの時、ガタガタと響く線路の音が、次第に遠退いていくような感覚があった。
車輪の動く音が速くなって、長い時間が過ぎたような暗闇が、頭のずっと奥に入り込んできた。
どれくらいの時間が経ったのかもわからないまま、気がついたら、声が聞こえてきた。
底の見えないぬかるみの奥で、地面の底をつつくような乾いた音がした。
誰かに呼ばれたような気がして、意識ははっきりしないままで。
鼓膜の内側に響く声を便りに、目を開いた。
いつもと変わらない日常と、——景色。
学校が終わった、午後の街並み。
阪神線の線路。
「亮平」
そう呼ばれた先で、思わずハッとなる。
明るく、軽やかなトーン。
ほんのりと茶色がかった髪。
…誰?
そう尋ねて、返ってくる言葉。
その「言葉」は、初めて聞く声にしては、どこか聞き覚えのある声色だった。
透き通った目の色も、袖を捲ったシャツも。
最初、誰かはわからなかった。
それぐらい、見慣れてない顔だった。
…見慣れてない?
多分、——いやきっと、そういうことじゃない。
元気なアイツの姿を、ずっと想像してきた。
もしも事故に遭わなかったら、今頃何をしてるだろう?
高校生活を送っているとしたら?
同じ時間を、また、一緒に過ごしていたら?
丘の坂道を駆けていく。
ハンドルを握り、緩やかなカーブを抜けて、——その先へ。
アイツはいつだって、ブレーキをかけなかった。
空に描いた夢を追いかけて、まだ見たこともない世界に期待して、雨の予報なんて、気にも留めないで。
だから、…きっとそういうんじゃない。
見慣れてないとか、知らない顔だとか。
心のどこかで、薄々気づいていた部分があった…と思う。
そりゃ、最初は戸惑ったさ。
知らない奴が、急に声をかけてきたと思って。
当たり前のように、俺の名前を呼ぶ。
呆れた顔で、「大丈夫か?」と尋ねてくる。
何が起こってるのかわからなかった。
それくらい、見覚えになかった。
大人になった姿が。
——何気なく笑う、その顔が。
駅のホームで流れるアナウンス。
騒がしい街の繁華街。
夕暮れ時の影のそばで、さっと、空が動いた。
ロータリーに通過するバスと、——その向こう。
千冬がいたんだ。
そこに。
セーラー服を着た、彼女が。
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