ビルが取り囲む街のど真ん中で、空気の乱れも感じない。
耳鳴りのような震えがそばにあるのに、時計の針が壊れたような膠着が、伝播する波の揺れの中に拡がっていた。
あの時と同じなんだ。
あの時も、地面に落ちる雨音が一斉に消えて、捉えようもない沈黙が瞬く間に広がった。
いつからそうなったのかもわからないくらい、一瞬で。
風は鳴り止んで、景色の一つ一つは重力の中心に閉じ込められていた。
“空間”の中に、閉じ込められていた。
何もかも。
光さえも抜け出せない時間の、内側に。
現実じゃないと思った。
それぐらいぶっ飛んでた。
世界が“止まる”なんて、そんなこと…
全ての“影”が地面に留まっている最中、何かが動いた気がしたのは、気のせいじゃなかった。
交差点の真ん中に聳え立つ、信号機。
大通りに沿って伸びている、電線。
ビルを挟んだ通りの直線上には、空と、雲団が。
信号機の色は青で、ビルの窓には、反射した空模様の群青が広がっていた。
停止した世界の切れ端とは思えないほどに通り抜けた空気の色が、そこにはあった。
…一体、何が…
声をあげる間もないまま、風の流れが飛散していく。
横断歩道のメロディーは掻き消え、光と影の境目に、切り取られるビルの湾曲。
置き去りにされていく時間と空間の境で、全ての形や“色”が、失われていく予感さえした。
——ほんのわずかな、”刹那“の境界を越えて。
それなのに…
…なんだ?
何かが横切った…?
何かがおかしいと思った。
世界は止まっている。
それに間違いはなかった。
雲の流れが、もうそこにはなかったんだ。
日の光に流れていく影の形も、街の輪郭の中にうごめく騒音も。
視界の中に掠めた違和感。
“それ”は、指先に触れる程度の些細なものだった。
視界を張り巡らせる。
目を見開く。
何かが、おかしい。
それは、止まったはずの世界のそばで、“動いた”気がしたからだ。
「何か」が。
景色?
風景?
いいや、そんなんじゃない。
立ち止まった断片的な空間のそばで、「空中」に、その正体はあった。
あり得ない角度で。
あり得ない、高さで。
信号機と、空。
青と青の交錯する境界線。
空間と空間を繋ぐ切れ端に、スカートの靡く挙動があった。
スカート…?
いや、そんなバカな。
目を擦ったんだ。
風に揺れたかのような挙動のそばで、誰かがいる気配。
…誰か?
「誰」か、だって…?
仮にそれが「人」だとしても、あんな場所にいるわけがない。
そう思ったのも束の間だった。
向けた視線の先で、その答えがわかったのは。
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