雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第252話

公開日時: 2023年7月6日(木) 22:24
文字数:1,009


 ビルが取り囲む街のど真ん中で、空気の乱れも感じない。


 耳鳴りのような震えがそばにあるのに、時計の針が壊れたような膠着が、伝播する波の揺れの中に拡がっていた。


 あの時と同じなんだ。


 あの時も、地面に落ちる雨音が一斉に消えて、捉えようもない沈黙が瞬く間に広がった。


 いつからそうなったのかもわからないくらい、一瞬で。


 風は鳴り止んで、景色の一つ一つは重力の中心に閉じ込められていた。


 “空間”の中に、閉じ込められていた。


 何もかも。


 光さえも抜け出せない時間の、内側に。



 現実じゃないと思った。


 それぐらいぶっ飛んでた。


 世界が“止まる”なんて、そんなこと…




 全ての“影”が地面に留まっている最中、何かが動いた気がしたのは、気のせいじゃなかった。


 交差点の真ん中に聳え立つ、信号機。


 大通りに沿って伸びている、電線。


 ビルを挟んだ通りの直線上には、空と、雲団が。


 信号機の色は青で、ビルの窓には、反射した空模様の群青が広がっていた。


 停止した世界の切れ端とは思えないほどに通り抜けた空気の色が、そこにはあった。


 


 …一体、何が…




 声をあげる間もないまま、風の流れが飛散していく。


 横断歩道のメロディーは掻き消え、光と影の境目に、切り取られるビルの湾曲。


 置き去りにされていく時間と空間の境で、全ての形や“色”が、失われていく予感さえした。


 ——ほんのわずかな、”刹那“の境界を越えて。



 それなのに…




 …なんだ?


 何かが横切った…?



 何かがおかしいと思った。



 世界は止まっている。


 それに間違いはなかった。


 雲の流れが、もうそこにはなかったんだ。


 日の光に流れていく影の形も、街の輪郭の中にうごめく騒音も。

 


 視界の中に掠めた違和感。


 “それ”は、指先に触れる程度の些細なものだった。


 視界を張り巡らせる。


 目を見開く。


 

 何かが、おかしい。



 それは、止まったはずの世界のそばで、“動いた”気がしたからだ。


 「何か」が。



 景色?


 風景?


 いいや、そんなんじゃない。


 立ち止まった断片的な空間のそばで、「空中」に、その正体はあった。



 あり得ない角度で。


 あり得ない、高さで。



 信号機と、空。


 青と青の交錯する境界線。


 空間と空間を繋ぐ切れ端に、スカートの靡く挙動があった。



 スカート…?


 いや、そんなバカな。



 目を擦ったんだ。


 風に揺れたかのような挙動のそばで、誰かがいる気配。



 …誰か?



 「誰」か、だって…?



 仮にそれが「人」だとしても、あんな場所にいるわけがない。


 そう思ったのも束の間だった。


 向けた視線の先で、その答えがわかったのは。


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