雨上がりに僕らは駆けていく Part2

目指せ、甲子園!
平木明日香
平木明日香

第299話

公開日時: 2023年8月22日(火) 00:21
文字数:1,424


 「時間には境界が無い。過去も未来も、同じ場所に存在しとる」


 「過去は過去で、未来は未来やろ」


 「そう思うやろ?常識ではな」


 「違うって言うんか?」


 「あんたが今言った1秒後の世界も、まだ訪れてない1秒前の世界も、本質的には同じ「距離」にある。時間は前にしか進まんが、かといって、“進んだ分だけ進めなくなる”わけやない」



 …進んだ分だけ、進めなくなる…?



 「ええか?こっからは重要なことや。耳かっぽじって聞いとき?」



 女はそう言うと、ボールをポケットから取り出した。


 千冬の病室になった軟式ボールだ。



 「おまッ…!持ってきたんか!?」


 「まあまあ。あそこにあって誰かに捨てられても困るやろ?」


 「そう言う問題やないやろ」


 「キーちゃんは夢を見とるって言うたよな?今も、夢の中におるって」



 言ってたが…


 それが?



 「コインには表と裏がある。どっちになるかは、2つに1つや。けどな、その2つに1つの確率が、時間の変化によって無限に動き続けるわけやない。サイコロを転がせば、必ず1つの目が出る。つまりある時点で、過去と未来が分岐するたった1つの点が存在するっていうことになる。コインの表か裏が決まるように」


 「…で?」


 「連続して同じ目が出る確率はどれくらいやと思う?」


 「サイコロがってこと?」


 「そう」


 「…えーっと、うーん…、6分の1?」


 「そうやな。サイコロを n 個振ったとき、ゾロ目になる確率(n 個とも同じ数字になる確率)は 16n−1になる。サイコロを転がせば転がすほど、同じ目が出る確率は低くなっていく。ほんなら、サイコロを無限に転がした時、連続して同じ目が出なくなる回数は、いくつ?」


 「連続して…。それって、1になり続けるみたいなこと?」


 「そうや」


 「うーん…、何百回か続けて出たあと…とか?」


 「ブブー。かなり確率は低くなるが、永遠に1になり続ける確率は、0%にはならん」


 「…ほう」


 「0にならんってことは、理論的には、2つの世界において同じことが起こる確率は、常に0にはならん。この意味、わかるか?」


 「…いいや」


 「簡単に言えば、ある一定時間内に於いて、サイコロの目が1にならない確率は0個や。裏を返せば、ある時点において決まった数字が、“同じ回数だけ出せない”っていうことにはならん。つまり、時間と時間の境界線に於いて、過去と未来は常にサイコロを振り直せる状況にある」


 「振り直せる…?」


 「野球は1つのタイミングしか存在せんやろ?ピッチャーが色んな球種を持ってても、投げれるのは常に1球だけや。その1球に向かって、バッターはタイミングを取る。想像してみ?ピッチャーが振りかぶって、あんたはバットを構える。指先から放たれたボールが、突然消えることは?」


 「無い」


 「そうや。過去と未来が時間の中に存在しとると仮定すれば、ボールの軌跡は常に変わることがない。けど、ピッチャーがもう一度同じタイミングで投げれると仮定した場合、ボールは変幻自在に動くことができる。ちょうど、マウンドに立つピッチャーが、投げ始める前みたいに」



 …何が言いたいんだ?


 ボールは突然消えたりなんかしない。


 そりゃとんでもない変化量のスライダーとか、ストンと落ちるフォークとかが向かってくれば、消えたように見えることはあるだろう。


 だけど漫画の世界みたいに、ボールが本当に消えるなんてことはあり得ない。


 大体、「ピッチャーが同じタイミングで投げれる」って?


 言い回しがややこしすぎて理解に苦しむ。


 女の方は、そんなつもりじゃないみたいだが。

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