授業が始まっても、とくに注意されることはなかった。
彼女の言う通り、市原先生は温厚そうだ。
温厚っていうかただのおじいちゃんだなこりゃ。
言っちゃ悪いが、髪の毛もだいぶ乏しい…
「他の教科書とかは?」
「ない」
「次化学やけど大丈夫?」
「うーん…」
最悪忘れたって言えばいいや。
言ってもそんな怒られないだろ
何回もやってるなら話は別だが。
「今日、楽しみやね。あ、でも、別の日に調整する?風邪治さなきゃ」
…今日?
なんかあるのか??
彼女の声は弾んでた。
それに、すげーニコニコしてるんだけど。
…まずいな。
全く心当たりがない。
「…なんかあったっけ?」
とぼけるつもりはなかった。
ありのままを、正直に。
色々考えながら喋るとしんどい。
どうせ会話が行き詰まることは目に見えてる。
それならいっそ、何も知らないで通した方がいいだろう。
ややこしくなる前に。
「まさか、忘れたの!?」
まさかのまさかです。
一体なにがあるって言うんだ?
ただの平日だし、普通の日だよな…?
「さっきも言ったけど、記憶喪失で…」
「…プッ」
確かに笑えるよな。
でも、全然笑い事じゃないんだよ…
こんなこと誰も信じてくれない。
なんなら、変人扱いをされるまである。
うまく説明できるもんならしたいけど、いかんせん内容が内容だしなぁ…
ダメ元で聞いてみた。
率直な感想というか、素直な意見を。
「一之瀬さん的には、やっぱり信じられん?」
「…なんでさん付け?」
「…え、普段なんて呼んでる?!」
「なにそれウケる」
彼女はケラケラ笑いながら、冗談やめてよと肩を叩く。
こういう時って、なんて顔をすればいいんだろう。
引きつる以外に無いんだが。
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