やりたいことがなんでも叶う魔法の石を拾いました

〜素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド〜
我才文章
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シーン10 始まりが終わる、死の始まり

公開日時: 2022年11月7日(月) 00:56
文字数:4,432

俺の短い人生の中でも最も濃く。最も残酷でいて。

それでいて最も充実した時間だったように思える。

始まったと思ったのも唐突で。

それでいて、物事には全て。

始まりがあれば終わりもある。

気付いた頃には、終わっていることさえあるのだ。


「……と言う訳で、連れてきました」

城戸駅前アトリビルの2階。いつもの事務所。

いつもなら、なんでいるんだよ! って文句言ったりする訳だが。今回からはそうは言っていられない。

なにせ彼女は、従業員だ。

「そう……お疲れ様。アンタにしてはいい仕事したじゃない」

水原のどかが、久しぶりに事務所に訪れてくれた。それを先輩に報告すると。

「モニター点けてくれる? 面倒くさいけどさ、こう言うのきちんと挨拶しとくべきだと思ってね」

その言葉を聞いて、埃被ってた液晶モニターを散らかってた物置から漁り。清拭を済ませ、電源に繋ぎ。

ものの10分ほどでやっとモニターに映像が出るようになった。

「……はじめまして、と言うべきかな。こうやって顔をお見せするのは初めてよね。改めて、自己紹介させてもらうけど」

ボサボサの髪、薄汚い瓶眼鏡を掛けた化粧っ気のないジャージ姿の引きこもり系の女性がモニター越しに姿を見せた。

本邦初公開。これが俺の飼い主、とでも言うべき。唯一無二にして絶対に逆らえない女傑。

「十輪フミでーす。情報屋、ってヤツですが。副業で投資、テナント経営なんかも手広くやってるのでココの事務所のオーナーでもあります」

大家さんであるかのように家賃とか諸々の言い分を随分と自由に言い聞かせてくれたり。……そう、先輩は大家さんでもあったわけである。

「……顔を見るのは初めてだな。ご存知だろうが水原のどかだ」

「そこのバカのお守りも大変だったと思うけど。……まぁウチとしては有能な人手が増えてくれるに越したことはないから大歓迎。マサムネと表立っての喧嘩なんてしてないけどさ。揉め事が絶えないのも事実でね」

「……手駒、と言うわけか?」

「嫌だなあ。……手駒、だなんてまるでウチが人を人とも思わないろくでもないヤツみたいじゃん。優秀な協力者はいつでも歓迎。駒扱いするなら、そこのバカな……いや。捨て駒にもならない使えなさっぷりだけど」

ひでえ言い草だな。まあ、否定もできないけど。

「まあそこは何でもいい。私としても利用価値のある内は存分に利用させてもらう。それだけのこと」

「……ああ、うん。わかりました」

先輩が珍しく尻込みしてる様子を見られて、少し面白いもんを見た気分になった。

「存分に使ってくれて構わないけど、要求? 何お望みなのかしら」

「ああ。……マサムネグループの薬師寺、アレは私の獲物だ。そこははっきりとさせておきたい」

薬師寺誠也。あの男は到底許せない人間であることは確かだ。あんなヤツがこの街に住む何も知らない人々を食い物にして、傷付けていくことは我慢ならない。

だけど、その一方で。彼女が復讐の為に自分の気持ちを。心を削っていく様子を見ていくのも辛いものがある。

復讐なんて、と言う言い方は卑怯なことはわかっているけど。かと言って、そんなことに固執してもツラいだけなのも事実だ。……あんな男の為に彼女のこれからの人生を奪われるのは何て言うべきか。残念に思う部分がある。

「……まあ、のどかちゃん。気持ちはわかる、なんてこと言うにはちょっとばかりヘヴィ過ぎるけども。薬師寺みたいなヤツだからこそ、どれだけの人から怨みを買っているか。それこそ数えきれないくらいいると思うんだけどさ……」

「ああ、わかっているさ。そもそも私もヤツに対して怒りも憎しみも抱いていないし、そんな気持ちも湧いてこない。……ヤツの手で、そんな人形にさせられてしまったからな」

「のどかちゃん!」

先輩がいてもたってもいられずに、叫んだ言葉。

全面的に同意しかねえわ。

「重い! ヘヴィ過ぎる! ウチだって……まあ。普通の人並? みたいな生活からは遠い生き方してきたけどさ。流石にのどかちゃんには敵わないわ……」

「そうか。ならば、返答は」

「まあ……善処します。ハイ……」

先輩がやり込められた姿、初めて見たわ。

俺の親父相手にも一歩も譲らなかった先輩が。

年下の女の子にやり込められてる。こんな光景を目の当たりにするなんて。長生きしてみるもんだなあ。と、24歳の若輩者が申しており。

「そう言えばのどかちゃん。……あなたの前世? オリジナル? って言うべきかな。水原一家の火災事故でわかんないことがあるんだけど。聞いていいかな」

「別に隠すほどの事は今更あるまい。何が聞きたい」

「あなたのお兄さん。水原努って、今どこにいるの?」

そう言えば。彼女が殺す相手がどうこう……いつぞ聞いた事があったな。お兄さん、だったか。

「……ヤツは海原の藍玉の所有者だ。事情があって名前と顔を変え、今は駿河恭二を名乗っているな」

彼女は淡々と答えた。

「ヤツを相手にして、手も足も出せずに一旦退いた。いずれヤツとも何かしらの形で決着をつけなければならないとは思っている」

「……え、駿河恭二? と言うことは。もしかして放火狂パイロマニアが関わって……」

「私とて身の程は弁えている。アレに真っ向から戦って勝ち目があるとは思っていない。マサムネグループとの全面戦争より無謀だろうな」

薬師寺誠也に圧倒的な実力差を見せられても、決して諦める様子もなかったのどかさんが。

なんか聞いたことないビッグネームらしき相手に戦うつもりも起こらない、だなんて言い切ってしまう?

いや。水原のどか。アンタはどんだけの業を背負えばそんな過酷な境遇で生きていくことを強いられるんだよ。

「……にしても、募る話は尽きないけどさ。そこにボーっと何もしないで突っ立ってる男!」

「え、俺?」

のどかさんと先輩の話が続く中、確かに俺は何もしちゃいなかった。

「簡単なおつかい頼まれてくれない?」

最近、先輩から頼まれ事をされる頻度が増えたな。

「勿論です。何すりゃいいんですか?」

「ここ数日で、ウチの雇ってた調査員からの連絡が途絶えちゃって。何か異変が起きてるみたいなんだけど。調査に行ってくれない?」

「わかりました。行ってきます!」

俺は颯爽と事務所から飛び出そうとしたタイミングで。

「どこに行くつもり?」

先輩からのツッコミが背中から飛んできて。回れ右して戻りました。

「わかりません!」

「……ったく、人の話は最後まで聞けっつーの。……霧島小学校近辺。そこが最後の連絡が途絶えた地点ね。あと、念の為に言っておくけど。あくまでこれは調査。異変の原因自体や、事件性の根本的な解決までは求めないわ。危ないと思ったらすぐに迷わず引き返して」

「……ったく、俺を誰だと思ってるんです? 最強の凍結の金剛石の所有者にして、ダンザイのシロでロンギヌスなんでしょ? そんじょそこらの甦死なんかじゃ相手にもならないし、実力だってわかってるはずでしょ」

俺の軽口に対し、先輩は珍しいくらい真剣に諌めた。

「……まあ、雇ってただけの調査員だし。そこまで親しい相手でもなかったわ。でも、今のアンタみたいに仕事をナメてるような人じゃなかった。一応、忠告はした。それにも関わらず無様晒すようだったら、一生アンタを見下してやる」

「ったく、心配ご無用! 俺がちゃちゃっと行って、見てきます」


先輩の一本の電話から始まった、この俺の戦い。

だとしたら、この戦いが終わるのもまた……。


そこまで遠い距離でもなかった。

霧島小学校。城戸駅から電車で20分と言った程度の距離だ。

俺は宿敵を倒し、かつての少女の面影があった悲劇のヒロインの支えになることを誓った。

救い手は届くものなのだと。そう、順調過ぎた。

ゆえに、今までの俺ならば。何もできない無力感や、自信のなさから慎重に動き、悲観的に考えて動いたはず。

その時の俺は。若さゆえの無鉄砲さ。順調過ぎたゆえの万能感。楽観的過ぎる考えで支配されていた。

俺は……あの男の最期の言葉が呪詛であり、あるいは予言であったことを。身を持って知ることになる。


霧島小学校から1番近くにあった、三角公園。

こんな時間に、公園のブランコで一人もの悲しそうに佇む一人の女の子を見た。

その俯いた顔、姿からして。……寂しそうな姿は、助けを求めているように見えたんだ。

この時の俺は。何も考えてなんかいなかった。

ただ、俺が手を伸ばせば。想いは伝わって、誰かの悲劇も簡単に吹き飛ばせるんじゃないか。

「ねぇ、キミ。……この辺りのコかな?」

事案が発生しそうだとは思うが。俺は探偵だ! と言うひどい免罪符を持って、小学生の女の子に話しかける。

「……お兄さん、誰?」

「誰、か。……お節介な通りすがりのお兄さんかな」

探偵と言う身分を言えば警戒されるだろうと踏んで、名前すら明らかにしないで見知らぬ幼女に話しかける。

絶対にこれ、事案発生じゃん、とは思わなくはないが。

只事じゃない気はしていた。

俺がこの小学校近辺に来た時、時間は昼時。

だって言うにも関わらず。辺りの民家は料理の匂いもまるでなければ、買い物や犬の散歩に出ている通行人の気配もない。明かりもなけりゃ、テレビを見ている人も。

なんだったら、干してある洗濯物さえないゴーストタウンになっていた。

これは、明らかな異常。そして、その理由を冷静に。

そして、一歩引いて慎重に考えられたならば。

「お兄さん、名前はなんて言うの?」

「氷室。氷室セーギって言うんだ」

俺が名乗った途端に、少女の顔がパアっと、明るくなった。

「ヨミはね。ヨミって言うの」

「ヨミちゃん?」

「うん、詩島しじまよみ

その笑顔の本当の意味を理解しないまま。

俺は、救済を求める『可哀想な女の子』に近付いた。


俺のこの時の行動は確かに短絡的で、浅慮だった。

だが、間違ってはいないと思う。

招いた結果は最悪だったとしても、だ。


「お兄さん。ヨミは、寂しかったんだ」

「……そう、か」

「ヨミのお友達になってよ」


彼女がそう告げると同時に。俺の背中から。

今まで感じたことのない熱い感触が伝わってきた。

その次に、激痛が。……燃えるような痛みが。


「……あ?」


見た目に惑わされた。冷静に考えればわかったはずだ。

ゴーストタウンの中で平然とブランコを漕ぐ少女。

「……ヨミの言うこと、全部聞いてくれる。素直なお友達が欲しいって。ずーっと思っていたの。パパも、ママも。ヨミのことずっと。無視して。いなかったことにして。学校のお友達も、みんないじわるだ。……ヨミのことをクサいって……汚いって言うの」

……そんなの、どう考えたって。この事態の原因だろ。

「そんな中。綺麗なお姉さんが、ヨミのお願いが叶う魔法の石をくれたの」

そして、彼女が。俺が最後に出会うことになった欲望の石の所有者。


死のデストルコ石ターコイズ。綺麗な青い宝石でしょ?」


死神の鎌のような、鋭利な刃が俺の背中に突き刺さっていた。

そして、周囲には何処から現れたのか。

骨を剥き出しにした腐肉の亡骸たちが少女と俺の周りを囲んでいた。平たく言えば、絶体絶命の窮地。

こうして、俺の最後の戦いが始まった……。

来週11月14日(月)は休載です

年内に完結するんじゃないでしょうか

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