やりたいことがなんでも叶う魔法の石を拾いました

〜素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド〜
我才文章
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シーン8 あの子を助けたい

公開日時: 2022年2月7日(月) 01:39
文字数:5,170

目にも留まらない死闘が繰り広げられていた。

まるで他人事であるかのような語り口からお察しの通り。

蚊帳の外、である。


(マイオーナー! ジャストナウ、こっちも終わり)


途方に暮れていた所に、やっと。……ほんと、やっとのところで期待していた声が届いた。

「お疲れ様、と言ってやりたいが。……休んでる暇はないぞ。すぐに実現武装を使う」

守護者は、望めばすぐに現れる。その言葉をいつのことだったか。随分と昔の……って一昨日のことだっけ? 3日前?

あれ、時間感覚おかしくなってる。

「フブキ、来い!」

蚊帳の外に置かれて見物してただけだけど。

きちんとお約束のエフェクト的なものまでかかって、その手に実現武装スサノオを装着する。

誰も見てないんですけどね……。一抹の孤独が押し寄せる。


だが。……無意味な行動などではなかった。

あまりの実力差、スピードの差で。気配を感じるのがやっとだった2人のやりとりを。

ギリギリ、目でどこにいるか捉えるくらいは出来る様になった。

……見えた所で動きについてはまるで理解出来ない。

( オーナー。ノットシー、ルッキング。ノットヒアー、リッスン)

「お前、アドバイスのつもりで言ってるかもしれないが。それ全然意味わかんねえからな」

見るのではなく、観る。聞くのではなく、聴く。的なことを漫画やらアニメとかでよく見受けます。

そんなあやふやなアドバイス、実践で実戦できると思う? 実戦で実践? あゝ、もふ。わけがわからなひ。


「アンタさぁ、漫画とか読むぅ?」

「急に何を言い出す」

眼前に広がるやりとり。その熾烈な命のやり取りと、剣戟の火花が散る間隔はより早く、より加速をしていく、目にも止まらぬスピード。

……スピード? 《加速》……? 何倍……?

そうか、のどかさんが言っていた切り札の正体は。


自身の身体能力を倍増させることが切り札だったのか!


「アンタの能力、自身の体内に流れる時間流を加速する、みたいな技。よく見かけるけどさぁ」

……残念。氷室正義くんは探偵のくせに推理力もありませんでした。

「今更隠すつもりもなければ、小細工も不要だ。ただ、ひたすらにお前の先を行き、上回る速さでお前を燃やすだけだ」

「アホくさぁ。……この追いかけっこぉ? もう、飽きたんだけどぉ?」

桐生健美は、水原のどかを蹴飛ばした。

吹き飛ばされたのどかさんも、地面に剣を突き刺しその場に留まった。

「あーしはぁ、いっつも思ってたわけ。漫画とかでよくある、すっごい速さで何度も攻撃する、みたいな技。カッコいい! とか思ったことないのぉ。うわ、ダサっ……そう思ってたんだけどぉ」

桐生健美が語り出すと、立ち構えた。もう、飛び回ったりするつもりもまるでないのだろう。

「何が言いたい」

「一撃必殺。そっちの方がよっぽどスマート」

桐生と言う少女の纏う、気配。願いの力が目に映るほどにはっきりと輝きを増していた。

そう、まるで……今ののどかさんと同じように、だ。

「かかってきなよ、根暗ブス。……圧倒的な『力』の前にちっぽけな火は吹き飛ぶって思い知らせてやるから」

「お前が何を企てようと、私がその先を行くだけだ」

のどかさんには、欲望の石だけじゃない。

あの読心術がある。

人間の思考の方が、動作よりも僅かに早い。

どこから攻撃が来るか、と言ったものが事前にわかるとすれば。戦闘の経験値から、彼女は真っ向勝負で負けることはない。

言わば、後出しじゃんけんみたいなことを毎回やっている。卑怯極まる気もするが。

考えないで行動する、以外の突破方法は。

その読心術をも上回る圧倒的な実力、くらいしか思い浮かばない。

そして、のどかさんの《加速》と言う力を使った時点で桐生健美との実力は拮抗している、と見ると。

「行くぞ……」

彼女の勝利を信じて疑わなかったこの目には。

「アッハ!」

信じられない光景が飛び込んできたわけだった。


「……何故だ? 今、お前の攻撃は……」

刹那で、ズタボロになったのどかさんの姿が。

「手の内明かしてくれたお礼よぉ。冥途の土産に教えてあげるぅ。……今、このフレーズ生まれて初めて使ったわ。びっくり」

唐突に理性を取り戻した桐生が、再びイカれた感じの口調で話を続ける。

「あーしの時の支配クロノスは《同時ジャスト》! まばたきほどの時間差もなく、文字通り同時。十、百、千、万、億! 兆にも渡る数多の技を、同時に叩き込む。連打ぁ? スピードぉ? せっかくのパワーが分散しちゃうでしょ? 百回の同じ攻撃とぉ、同じ攻撃の百倍ってぇ、アタマ悪くてもわかるでしょ? 同時に叩き込んだ方が強いってことくらいさぁ!」

「くっ……ぬかった。違和感の正体は、理解したが。と言うことは……お前は私の攻撃を防ぐと同時に私に同時攻撃を……同時に何度も何度も攻撃を重ねたわけか」

のどかさんのこのフレーズ、Microsoft wordの自動校正ツールが赤線引いてくれそうないい悪文の例文にさえ思えるけれど、意味は伝わった。

無数の行動を、時間差と言うものを無視して束ねて同時に生み出す。

右手と左手、あるいは両手で構えた武器からワンアクション。それが普通の人間であれば最大だが。

右手一つにしても、右手が起こすアクションA、アクションBなど、行動を同時に起こすことが出来る。

加速と言う手段で手数を増やせても、同時に対処された上に、行動の手数で上回るほどであれば……。

「あーしの《同時》とアンタの《加速》は、まるっきり逆の性質よねぇ? で、理解出来たろぉ? アンタは! あーしにこれ以上! 手も! 足も! ……出ないってさぁ」

その通りだ。水原のどかは、勝ち目がない。

立ち上がる気力すら最早起こらないほどに深刻なダメージを既に受けている。

そこに、桐生健美はおもむろに手を上げた。

「どんだけの高温になろうが、サウナ風呂に入ってる気分で! 炎は汗の鎧が守るし、煙も吹き飛ばしてやれる。そもそもの搦手自体、あーしに通用すると思わないことねぇ! これ以上。何もないんだったら。ハイ、しゅーりょー!」


……いつまで、傍観者気取りで居続けるつもりだ。

これは、俺の戦いだ。

そして、この先……しょうもない俺が。

胸を張って歩いて行く為に。

手を差し伸べなきゃいけない人が、目の前にいる。

「のどかさん!」

まるで、世界が止まったかのようだった。

桐生健美は間違いなく。今、その手刀をのどかさんに振り下ろさんとしていることが、目に映った。

……普通に考えて、間に合うわけがない。

だが、これから先。普通のままでいられないのも事実だ。

彼女の名を叫び、飛び出したところで。

間に合うわけがない。

だが、間に合った。


今にも襲いかかるであろう手刀だったものは、虚空を切り裂いた。

「……え? 今、何があったわけぇ?」

倒れたのどかさんをお姫様抱っこするような格好で救い出していた。

「俺が聞きたいくらいだ! 教えてくれ! 一緒に情報整理してほしい!」

……うん。まるで、世界が止まったかのようだった。

と、言いました。

「……おっさん。アンタ、もしかしてぇ?」

「俺が時間を止めた、やれやれだぜ。……みたいなこと言ってみたいと思ってたけど。アンタ以外のものは普通に動いていた。風も吹いてた。待てよ……健美ちゃん。なんでさっきから棒立ちしたままだったんだ?」

「ハァ? むしろ、何が起きたわけぇ? 今そのブスにチョップしようとしたらこの状況。わけわかんないわ」

……何だこれ。

思い出してみよう。のどかさんの《加速アクセル》と呼んでいた能力。体内の時間流を加速させて、と言うこと。

桐生健美の《同時ジャスト》は、寸分違わぬ無数の同時行動、同時攻撃。

時間に干渉し、あるいは支配する。時の支配。

「あ。……止めたのか。時間」

あれ……って言うことは。漫画、ゲームでよくある時間停止能力より下手すると、めちゃくちゃぶっ壊れ、的な能力に目覚めたんじゃないか……?

「俺の時の支配クロノスは《凍結フリーズ》だ」

「ハァ!? ふざけんじゃねぇ!」

襲いかかろうとしてきた彼女で実験だ。

さっき、彼女は振りかぶって攻撃に移ろうとしたいわば「タメ」状態で時間が止まり、棒立ちになった。

じゃあ、襲いかかり飛びかかろうとしたタイミングで。

こっちに跳んできたタイミングで、《凍結》をするとどうなるのか。

……思った通り。

5〜60m先まで減速なしの直線的に飛んで行く。

彼女は、真っ白な壁に激突しました。既に動いた行動そのものは止まらないみたいだ。

ざまあみろ、アコギな興信所。修繕にどんくらいかかるか知った事じゃない。弁償なんて、誰もしちゃくれないだろう。せいぜい保険がどれくらいおりるかだな!

しかも、電気配線か何か? を巻き込んで破壊したためにオフィスの中が突発停電を起こしたみたいだ。

彼女自身、何が起こったのかを理解するには《凍結》を解除するまでわからないだろう。

高圧の感電のオマケ付きの自爆行為、結構ダメージを負わせたんじゃなかろうか。

しかし、流石に『再生』の名を冠した命の石の所有者だ。深手を追わせたと思うもののすぐさま立ち上がりこっちに来た。それにしてもすげえ回復力。


「なぁ。……健美ちゃん」

「って、おっさん! あーしをちゃん付けすんなし!」

おっさんって言葉はせめて30過ぎてから言ってくれ。まだ24歳。人生半ばも言ってないナウなヤングだっての。

センシチブでデリケイトな我が心に亀裂を入れないで。

「……アンタの《凍結》はぁ……自分自身じゃない対象の意識や認識に干渉してぇ、時間感覚だけを止めるってことねぇ?」

彼女の推理力、クロノスを扱うことにおける先達の経験からきた導き出した答えに……。

「そうなの?」

「わかんないの?」

敵とのやり取りの筈なんだけど、緊張感とか全然なかった。

「ふざけやがってぇ……! フィジカルや技術ではあーしの方が圧倒的に上だぁ! アンタのクロノスはいわば小細工。圧倒的なパワーでぇ」

台詞の途中ですが。彼女に対して《凍結》を。

おっきく広げた口に中に、彼女の右手の指を突っ込んでみた。

そして、解除。

「ねじぃっ!?」

指を噛みちぎる勢いだったが。まあ、噛んだだけで済んだみたいだ。

「なるほど。意識自体が途切れるわけだから。状況が変わっても、突然視界から消えたり、既に起こした行動が終わっていたりするわけだな」

「ブッ殺してやる!」

ブッ殺す、と思った時には既に行動は終わっている。あるいは、行動が始まる直前なんだ。動作の途中にはならない。

それが《凍結》の能力ってわけで。彼女がいかに強く鋭く苛烈な一撃を放とうとも。届くことは全然なかった。

にしても、何だよ。この能力。時の支配って言ったか?

疲労感が半端じゃない。……でも、違和感は残っている。

もしかして……。

のどかさんの《加速》にしろ、桐生の《同時》にしろ。

自身の持つ石の色をしたオーラを全身に纏っていた。

それで、だ。自分自身はまだ……凍結の金剛石のオーラが全身を纏っている。みたいなことは視覚的にも、感覚的にもまだ、起きていない。

「……氷室正義、お前も時の支配の一端に触れたか」

忘れていたわけじゃないが。のどかさんが口を開いた。

「喋って大丈夫なんですか? 動けます?」

「悔しいが、少し休まないと動けそうにないな」

いや。桐生健美もバケモノだと思うが、のどかさんも相当すごいよ。百倍パンチみたいなのをこの身に喰らったら、間違いなく木端微塵になってるもんなぁ。

原型留めてるってだけですごいタフ。本当にすごい。

「お前のそれは、おそらく片鱗に過ぎない。……魔石の輝きを身に纏い、時間を支配する能力がクロノスだ」

片鱗って言いますけど。一部ってこと?

「なんか、現時点ですごい疲労感が半端ないんですけど」

「世界の理に触れるほどの代償が、ちょっと疲れるくらいで済むだけで凄いことだろう。文句言うな」

ちょっと!? 少しでも気を抜いたら10時間ぶっ通して寝落ちしそうで、寝ても疲れが抜けなくって……と40代中年男性が言いそうな台詞を起きがけに言いかねないヤバい疲労感が、ちょっとなの!?

「不完全な時の支配ですら代償としての力が膨大とは、腐ってもダイヤだな」


「ちくしょう……なんで。あのふざけた野郎に一撃ぶち込んでやりたいだけなのに……」

泣きじゃくるように悔しがっている。攻撃すら届かないので、悔しいのだろう。

桐生健美と言う少女。彼女に最初に出会った姿を思い出す。

車椅子を押す、守護者の姿。自分の足で立つことも出来ない事情。深い事情は知らないが。

あの子もまた、本当に叶えたい願いはあるんだろう。

「なあ、健美ちゃん」

俺は、殺しにかかってきた少女に対して手を差し伸べる。


ーー同情なんかしないで!


あの日、死にたくなるほどの後悔をした。

同じ過ちを繰り返してなるものか。

同情なんかじゃない。俺の自分勝手な自己満足だとしても。

心からの願いだ。


「俺は、アンタの願いも叶えてやりたいんだ」


結論から言えば、この願いは叶わない。

俺はこの先、桐生健美と言う少女を忘れない。

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