やりたいことがなんでも叶う魔法の石を拾いました

〜素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド〜
我才文章
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シーン6 ドブを好み咲く花はありうるか

公開日時: 2022年4月4日(月) 05:28
文字数:4,186

突然ですが、氷室正義はまたも新しい所有者に遭遇しました。

そして、史上最大級の窮地に陥っております。

「ダーリン! なんで逃げるの!?」

「お前が、追ってくるからだ!」

「お前だなんて、他人行儀な呼び方はやめて」

俺は、美人に追いかけられている。

……ああ、見た目だけなら。テレビを点けてドラマに出てる主演の女優にも及ぶか、勝るとも劣らないだろう。

「美作ァ! 近付くんじゃねえ!」

「苗字じゃなくって、下の名前でオ・ネ・ガ・イ♡」

「お断りだ」

正直言って、ここまでの美人はそうはいない。

パセリンと言う天使が俺のストライクゾーンど真ん中であるが。

まあ、言ってしまえばコイツも顔面だけならば好みと言ってやってもいい。それに、ここまでの好意を寄せて貰えるのなら悪い気はしない……のが普通なんだが。

「やべえ奴に目をつけられてしまった……」

さて、普通じゃない奴に出会った経緯まで遡ってみましょうか。


城戸駅前のアトリビルの2階にある氷室探偵事務所。

俺は自分の居場所に帰ってきたわけだが。

「……で、いい気分転換になった?」

「先輩……どこまで知ってたんですか?」

「何のこと?」

ジェイドと言う喫茶店であった出来事を恥の部分のみ包み隠して事実を端的に告げるとこうなります。

「パセリンが経営してて、オーナーでした」

「えぇ……? ゴメン。それはマジで知らんかった。情報屋でも、知らんことはあるわ……」

「それで、のどかさん。なんであんな所で遭遇したんでしょう」

「北岡の方で魔法少女の目撃された噂でも耳にしたんじゃない?」

「その魔法少女も、パセリンでしたからね」

「ウッソぉ!?」

「わざとらしいんですけど……いや、所有者でしたって伝えたじゃないですか」

「経営者の方だと思うでしょ、普通に」

と、言った形で。まあ、俺の気分転換の話題は終わって。

「珍しいことは続くわ。……ウチからアンタに依頼よ。人探しじゃないことお願いしていい?」

「……俺が先輩の頼み断れるわけないでしょ……」

「そう? ありがと。じゃあ、依頼なんだけど。アンタ、ブランドバッグって興味ある?」

「ええ。古文のラ変の活用くらい興味津々ですね」

今の俺の生活知ってて聞いてるのか、この人は。

「それは好都合。買ってきて」

「……は? 何言ってるんです?」

財布の中身ひっくり返して埃も出ないぞ。そんな男がブランドバッグなんざ買えるか。

「精巧な偽造ブランドバッグが出回ってるみたいで。それの調査依頼よ。アンタに買ってもらったら、ウチの指定する鑑定士に指定する方法で配送してもらう。言ってしまえば、はじめてのおつかいね」

「先立つモンが、おゼニがなきゃあ買い物なんて出来ないでしょうが! と言うかですねぇ」

ブティック、とでも言うんですか? ハイソな響きですこと。俺は思った通りのことを直球で伝える。

「カバンを買いに行くカバンがないです」

「ドレスコードと言うほどでもないにしても、店だって客くらい選ぶでしょうしね……」

自身の身なりを省みる。うわ。

派手に動き回るようなことも多かったし、お気にの一張羅4000円のシャツ。……ボロボロになってるわ。

「……スーツと腕時計くらいなら経費として認めてあげるから、恥ずかしくないカッコで行って」

「馬鹿にしないでくださいよ! 俺だって背広の一着や二着くらい」

俺が……事務所のクローゼットを開けると。

「ありませんね」

「想定通り過ぎてアクビが出るわ」


と言うわけで。

探偵のお仕事っていうものの大概は身辺調査、素行調査。その手のご依頼が多い仕事ではあるが。

産業スパイのような真似をすることもある。

……と、言うほど実態のお願いは立派なもんではなく。

「お得意さんからの頼みで、片手間程度で構わないって言うお話思い出して。丁度いい所にアンタが住んでただけ。つまりはたまたまよ」

とのありがたいお言葉であり。

「龍鏡区の東條って、アンタとは縁遠い場所だし、行ったことないだろうケド、ご存知ファッション通り。お洒落に興味のある人なら通い詰めるような場所よ」

「随分な言い方ですけど、そういう先輩だって……」

「外に出る服さえ興味ない人間に、外面着飾る服や見栄を張る為の中身の入らないカバンなんて必要あると思う? まあ、お得意さんの頼みだし。どうせアンタも暇でしょうし。誰も損しないならいいでしょ」

インドア派の先輩は、自分を棚に上げつつも俺のことは小馬鹿にしてたのが少し気に入らないものの。

まあ、パセリンに会えたきっかけをくれた恩もある。

俺は早速、スーパーの紳士服売り場にて。

新品おろしたてのワイシャツと背広、ベルトと腕時計を購入した。

丁度特売日だったのもあるが。スーツ一着6000円、シルバーの腕時計を5000円程度で購入。ワイシャツとネクタイ含めて15000円以内に収めた。

……いや、俺の今の姿を改めて見直すと。

ひどい。

姿見の鏡で全身を見つめ直す機会がなかったが。

髪もボサボサだし、アイロンかけてどんくらいだろうこのシワだらけの服は。

ヒゲは生えても薄いものの、それくらいの処理だけは一応毎日していたが。……うん。

「……あー。服だけじゃねえな。清潔感ってモンが感じられねえな、今の俺」

経費で落とす分として、レシートは大事に取って置くとして。それだけじゃ足りないと思い。

床屋に行った後に銭湯にゴー。こっちは流石に経費以前に、自分の人としての尊厳を守る程度の部分だ。

文化的社会的最低限の営みを下回ってる生活基準をしていたことを改めて思い知った。

まあ、先輩にとっては端金同然だろうが。これは俺自身の尊厳の部分なんで、最低限のラインとして。自分持ちってところか。……財布を叩いても相変わらず埃しか落ちないけども。いや、これは俺の意地の部分ですね。


と言うわけで。支度を整えてご依頼の店に到着したのはお昼を過ぎてしまった。……いや、自分でも驚いたが。

入浴前の掛け湯ってあるでしょ。それがどんだけ黒ずんだ垢と脂を落としたんだ。浴槽に入る前に山のような……いや。汚い話はいいんだ。

今からオシャンティでシャレオツのハイソなファッション通りのイケてる流行りのお店に入るんだ。かつて最前線だったおしゃれの死語みたいなの並べた理由は、そりゃ俺自身がまったく興味ないからですね、はい。

ふわふわのマカロンでぇ、タピオカでぇ、マリトッツォでぇ? 知らんがな、流行りなんぞ。と思いながらな。

まあ、大丈夫だ。お使いのメモがある。

どこの店に入って、どんな種類のバッグを買って帰ればいいのか、だ。


……場違いだ、と思う。自分でも。

訪問した店は、マサムネ系列資本で経営しているセレクトショップの《femme fatale》と言うお店である。

国内、海外を問わず有名ブランド商品が立ち並ぶ。

で、先輩からの注文の品は、と言うと……。

とは言え、俺も全く興味がなかったとは言え。

こう言う空間で買い物なんかするつもりも一生なさそうだが、好奇心がカケラくらいはある。


……なにこれ。

靴にしろ、バッグにしろ。

異次元空間か? 値札が立てかけてあるものをチラッと見ただけで眩暈がした。

0がズラりと並んでる。0が4つ、5つ並んでるのがザラ?

さっき買い揃えて、今着ている背広でさえ、普段の俺ならば高い買い物である。

だけど。


買ってきたスーツが何着買えるの、こんなちっちゃいカバン一個で。

このろくに中身も入らなさそうな小物入れみてえなバッグで、10式揃うよ?

で、えーっと。調査対象ですが。


150万のバッグ!? 期間限定モデルとか言うけど。

限られたところで、そもそも論で通常の代物との違いとかも素人目で全然わからんし。興味もねえのに。

新車が買えそうな値段の付いたカバン……。うん。

俺は高級車やら腕時計にも微塵も興味がなけりゃ、縁もねえわけだが。それよりもどうでもいい女物のバッグ。

しかも、偽物かもしれないって?

……こんなものに、個人的に金注ぎ込むのは100回生まれ変わったってやりたかねえな。

でも他人の金だし、大丈夫だ。俺の懐はまったく痛まぬ。

俺は、先輩から頼まれていた商品の飾られたショーケースに手を伸ばした。

その伸ばした手の先だが。

少女漫画だか、ラブコメだか恋愛小説だか知らないが。

俺の手は、よくある感じで白い指に触れてしまった。


「あっ、ごめんなさい」

咄嗟の出来事に俺は即座に謝ったが。

返ってきた言葉は、想像だにしていないものだった。

「あ。あなたも……このバッグが欲しいの?」

「え、ええ。……プレゼントに? これじゃないといけないらしいんで」

不自然なまでに目が泳ぎ、声も震えていて、動揺を隠せなかった俺の姿を意に介していたのかはわからないが。

その指先の持ち主、ハスキーな声をしたお姉さんが。

戦慄をもたらした。

「これ、偽物なのに?」


……知ってんだよおおお! なぁに、余計なこと言いやがるんだこの野郎はぁぁ!


「あはは。……面白い冗談ですね」

笑えねえんだよおお。こっちは興味のねえおつかいで来てるだけだっつーんだよおお。

「……あなた、こう言う場所来るのはじめてでしょ。それに、そのスーツ。……着慣れていないのがもう、仕草でわかるわぁ。新卒の新入社員だって、もうちょっとサマになるねぇ」

「ええと……すみません。俺に何の用事です?」

「……あ、ごめんなさい。アタシ、初対面のヒトになんて失礼なコト言っちゃってるんだろ」

俺よりも先に、店に失礼だろうがぁぁ。偽モン並べてるなんて営業妨害で出禁になっても文句言えねえぞ。

事実陳列罪だろうがぁ。


「ウフフ。あなたみたいなヒト、タイプだからついアドバイスしちゃった」

「あ、ありがとうゴザイマス?」

……邪魔するんじゃねえ! と思ったが。

そもそも、コイツ。何の目的でそんなタワゴトをわざわざ俺に言ってくれたのだろう。

「でもね。アタシは本物よりもニセモノに時折惹かれちゃうのよねぇ。不思議と、本物よりも輝いて見えたりすることないかしら」

何が言いたいんだ。それとも、もしかして……。

俺の正体に気付いて、先手を打って寄越した何者か?

いやいや、いくらなんでも。

「……綺麗な宝石も好きだけど、ガラスのビー玉が光ってる所も同じくらい好き。こう言う感覚、あなたもあるかしら。理解して欲しいかなぁ」

「さっきから一体。あんた誰です? 何の用があって俺に絡んで……」


名も知らぬお姉さんが投下した爆弾発言。

さて、コイツの正体と目的は一体なんなのか。


美作みまさかあきら。逆ナンよぉ♡」

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