怪しさしかない。……と言うか、不審以外の何物でもない。
そんな不信感と期待を比率で表すとすれば9:1くらいで不信なだけのお誘い。
だけど、今の自分にできることは……ぶっちゃけ何もないし動きようもなかった。
だから、あからさまな怪しい誘いでも。藁をもつかみたい一心で呼び出されるがまま応じる他ない。
宝飾店 かんざき。……訪れる前にちょっとだけ、調べた。
実際に戸有市の城戸駅前店が営業をしていたのは、ほんの数週間にも満たない。
そして、謎の移転。個人経営で宝石店なんて営めるのだろうか?
宝石店なんて、元々の宝石って言う代物自体が個人で扱うには単価のでかい代物。
そもそも、貧乏人には無縁だと思うけれど……も。
なんと、この宝飾店。ちょうど、十二回ほど移転を行っている。
今回の城戸駅前店、あとさっき訪れた秋山公園近くの秋山店と……。
なんだろう。回数はわかったけど、そこまで調べるには時間が少し足りなかったのだけれど。
そこまでして、頻繁に店って移転する理由ある? って言うのと。
そもそも、移転先って言うにも……全部龍鏡区の中らしく、割と近い。
何の理由あっての、移転なのかもよくわからない。
秋山公園前の移転した販売店だって、営業自体はしていなかったが。まだ営業していた痕が残ったまま。
一言で結論から言うと。
わからん。それに尽きる。
夕方六時の五分前。……手紙にあった、お誘いの時間にはちょいと早いものの。
裏口から入って来いと言う伝言もなかったわけだし、正面口から堂々と入ろう。
そう思って、正面から入ろうとした。……ああ、これ。自動ドアだったのね。
もちろん、店を閉めて随分と立っているわけで……電源も入っていないのだろう。
引き戸のように、横に引けばちゃんと多分開くんじゃないだろうか。
そう思って鍵がかかっているかの様子も確かめながら、慎重にドアに手をかけて。
横に扉を引いたが、思っていた以上に自分では勢いをつけて開けてしまったらしい。
体勢を少し崩して、そのまま入店しようとするも……夕暮れ時。
薄暗い中の上に、営業していない店と言う条件も重なり足元がお留守と言うか……。
暗い店の中の何かにつまずいて……思いっきり派手に転んだ。
二十過ぎて、こんなに派手に転ぶなんてダサいなぁ……と、思いながらも……。
つまずいた拍子に、色々と派手に倒してしまっていたらしく。
床に転がっていた何かを拾った。
タイトルを回収するのに、まさか5話もかかるとは思わなかった。
その手は、転んだ拍子に……ボール大くらいの大きさの立派な宝石を掴んでいた。
多分、ダイヤモンド。金剛石とも呼ばれる四月の誕生石。
その硬度ゆえに人工のものは工業用として加工されドリルの素材に用いられたり……。
まあ、宝石の代名詞と言えるくらいに有名なダイヤモンド。
こだわりがなければ、結婚指輪もプレゼントもダイヤにしとけばええんやでの精神で有名なダイヤ。
しっかりと、この手に握りしめてしまっていた。
ぼんやりと……唐突に出現した。
さっきまで、確かに誰もいなかったにも関わらず、突然出没した。
その顔は……水尾真琴。
驚きたいのは、こっちの方にも関わらず、どっちかと言うと……。
現れた水尾真琴の方が驚いた表情と言うか、困惑した表情を浮かべている。
え? ……何? 悪いことしちゃった系?
先に口を開いたのは、こっちだった。
「えっと……何か悪いことしちゃったのかな」
こっちの質問に、要領を得ない感じに答えてくれる水尾真琴の顔をした少女。
困惑気味に、こちらの質問に答えた。
「順番が、逆になって……選択肢がなくなっただけ、という感じでしょうか?」
……えっと、ここから先の流れなんですが。
しまらない流れを断ち切るために……本来の想定通りの流れ、で物語が動いたものとしたパターン。
その切り口で語らせてもらいたいとのスポンサーの意向でお話を進めていこうと思います。
リテイク。……えっと……。
はい、すみません。
夕方丁度六時。約束の時間。宝飾店かんざきの店の前にやってきた。
お誘いの時間に遅れない程度の時間に間に合わせようとしたら、こうもギリギリになってしまった。
まあ、遅刻はしなかっただけマシだと思いつつ、店の玄関口までやってきた。
ご丁寧に、人が一人通れる程度に開いた隙間があったので、そこを通り抜けて店の中へ。
営業なんてずっとしていなかっただろうにも関わらず、思ったよりも掃除なども行き届いていた。
そのため、何かにつまずくなんて言う愚行を冒すこともないまま……店の奥へと進んでいく。
なんだ、この茶番は。
すると、覚悟と言うか、ある程度の想像がついていたために驚きは小さかったが。
そこには、当時の水尾真琴そのままの姿をした少女が現れる。
「……呼び出しに、よく来てくれましたね。氷室正義さん」
「ちょっとは予想していたけど、実際に目にすると少しは驚くもんだな」
実際に、水原のどかが話をしていた通り。水尾真琴に関して少し違う……と言っていたのは引っかかっていた。
だから、もしかしたら……と言う感じに薄々感じていたが。
「水尾真琴……三年も前の、修学旅行で死んだはずだろ。やっぱり甦死になってたのか?」
「甦死は、関係ありません。……欲望を巡る争いの舞台装置としては利用させてもらっていますが」
彼女の言葉は、少し要領を得ない部分がある。
「舞台装置って言うのは、どういう意味だ?」
「ええ。……見たでしょう? あなたのことは、ずっと知っていました。放っておいてもいいかもしれないとさえ、思っていたけれど。……でも、あなたは知りたいと本気で思ったのでしょう?」
「……何を」
知りたい。……あの日の拒絶された時の眼差しと、立ち向かえなかった自分の不甲斐なさ。
それをずっと引きずっていた、今日までの自分が出せる答えがあるとすれば、それを知りたい。
「真実を」
含みのある言い回し。まるで、そう。お前も中二病か? そうツッコミたくなる遠回しすぎる会話のキャッチボール。
「何に対して言っているんだ。……真実なんて一口に言っても。何から何までどうなっているって、その原因、理由が全部はっきりするなんて思っちゃいない」
「例えば……あなたの先輩が隠し通そうとしているものや。私が何者なのか。それも含めて……全部繋がっているとしたら」
「先輩が隠そうとしているもの?」
そういえば、あの日。……県警職員の内定を辞退した日。
先輩は知らない方がいいなんて言っていたことを確かに言ったかもしれない。
「あなたが追いかけているもの、その真実を知ること。それを望むのならば……戦うしかない」
「戦う……ったって。人生は戦いだろう?」
「そして、生き残るしかない」
会話はキャッチボールで進むと思ってはいけない。
これじゃまるでドッジボールだった。
「生き残るったって。そりゃ、会社勤めをしてりゃ……同僚の2,3人を蹴落とすことはあるだろう。生き残るって言ったってさ……」
「それは欲望の石。十二の時を司り、人々の願いの力を凝縮させた結晶と呼ぶにも相応しい、魔石」
なんか、どういう原理かわからないけど突然店内がライトアップされた。
棚の上に、一つだけ……キラキラと輝くダイヤモンドが置かれていたのを照らしているわけだが。
「人は、誰しもが願いを叶える力を持っています。……それは、小さかろうと僅かであろうと、人であれば誰しもが持つ力。希望や、願望、夢と言った言葉に置き換えていますが。無意識に誰もがそれを信じていますし、信じているがゆえにそれは真実になる……だが」
がんばれば夢が叶う。とか。努力すれば報われる、みたいな幻想……。
そんなもの、確かに信じちゃいない。擦れた大人になったせいだろうか。
「叶わなかった夢や願い、それを抱き続けるのは呪いに等しいと思っていたはずです。死んだ方がマシとさえ思ったことがあるはず」
何気ないその言い回しが不穏な響きにもほどがありませんか?
「これは、願いを叶えるための戦い。……最後に生き残った者を約束の地へと導く、欲望の石を巡る戦い」
しかし、戦いって言う言い回しが本当に物騒ですよね。さっきから。
「約束の地?」
「全ての願いが叶う場所……欲望の行きつく希望の楽園です」
そして、……呼び出された本題にようやく入るかのように。
水尾真琴は、こっちを向いて問いかけてきた。
「問います。……あなたは自らの望みの為に、その命を賭して戦う覚悟はありますか?」
「……あまり要領えなくてわからないことばっかりだけど。一つだけわかったことは……俺は、思ってたより諦めが悪くて、未練ったらしい人間だってことだ」
「その願いが本物ならば。……あなたは資格がある。手に取りなさい」
DESIRE STONE 凍結の金剛石を
そして、その台座に飾られたダイヤモンドに手を伸ばす。
……はい。以上が茶番! 茶番です!
「ちなみにだけど。……覚悟なんてねえ! って突っぱねた場合は、どうなったんだ?」
「……どちらにしても、あなたはもう手に取ってしまったので」
……は? 何だこいつ。いきなり無責任じゃねえか。
「真実を知りたければ、生き残ってください。そして、ここから先の道を案内するのは、私ではない」
水尾真琴は、現れるのも突然だと思っていたが。……消えるのも突然だった。
さっきまで確かにそこにあった気配もなくなり、完全にいなくなった。
「……それっぽいこと言って帰りやがった。……ふざけんなよ」
悪態もつきたくなるが、仕方ない。
にしても、何で? ダイヤモンド……そもそも、普通の人生を送っていたとすれば。
ボール大ものダイヤモンドなんて普通に縁がある代物なんかじゃないだろうな。
下手すると、……ネットでちょっと検索して出てくるような、アフリカの星とか。
なんかそれくらいヤバい代物。換金すればすごいことになりそうな代物に思えるが。
どうにも……そういう代物じゃあないと思った。と言うより、これに似た代物を妙に覚えてる。
そう、例えば。水原のどかが大きな紅玉の腕輪をしていた。
まあ、困惑気味ではあるものの。くれるって言うので貰っておくとする。
そのダイヤモンドを拾って、服のポケットにぶちこんで店を後にしようとすると……。
「ウェェェェイト!」
さっきまで、誰もいなかった店内だったのに、背後から声がするではないか。
「とんでもないデスよ! マイオーナー! デザイアストーンを雑に扱うなんて!」
声のする方を向くと、そこには黒髪にして、白い和装をした少女がいた。
少女、というか。幼女? 童女? 小学生くらいの女の子に思えた。
何故だろう。夕方を過ぎて、かなり暗くなった上に店の中の明かりは一切ないのに。
色がはっきりとわかるほど、その声の主のことはすぐ把握できた気がする。
「マイ・ネーム・イズ・フブキ! アイ・アム・ユア・ガーディアン! 今後ともよろしくネー!」
これが、俺にとって今後欠かせない相棒にして、しょうもないマスコットとなる。
守護者・フブキとの最初の対面だった。
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