やりたいことがなんでも叶う魔法の石を拾いました

〜素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド〜
我才文章
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???

Sanctuary

公開日時: 2022年12月25日(日) 23:59
文字数:4,874

あれ……?

なんか、長い夢を見ていた気がする。

不思議な夢。

残酷でいて、救いがない。

そんな悪い夢を見ていた。


「おーい、次の講義始まっちゃうよ? お寝坊さん」

通っている大学のカフェテリア。そこで俺はうたた寝をしていたようだ。

「あれ……のどかさん? いつもの黒い服はどうし……あれ?」

俺の目の前にいるのは、赤く、明るめの服を着た眼鏡をかけた女の子がいた。

「あたし、黒い服なんて着て来たことないけど? 寝ぼけてるの?」

あ、いや。うん、寝ぼけてるかもしれん。目の前にいたのはクソ真面目な堅物メガネ少女の水原のどか。ひょんなことから知り合った俺の後輩である。

至ってつまらないくらいに普通の女の子である。強いて特徴を挙げるなら真面目過ぎて、あたりがキツい性格が欠点ってことくらいだろう。

「ああ、うん。寝ぼけてたんだろうさ」

俺はうつ伏せになっていた体を起こすと、ちょうど大型のモニターに映った番組が目に入った。

「ん? 見慣れない番組だな。いつもの報道番組じゃないのか」

「そうね。……女子の高校陸上の全国大会の中継みたいだけど。興味あった?」

「いや、興味ないんだけど……あれ? あのコって」

4番レーンに映った少女、名前が出てきた。

桐生健美と言うらしい。

「あのコがどうしたって?」

……言い表せない。すぐに次の選手の紹介に移ったようだが。懐かしさというか、なんか言い表せない感情が込み上がってきたことに、自分自身戸惑いを感じていた。

「なんで泣いてんの? 寝過ぎた?」

「……いや。なんか、わっかんないけどさ……」

目頭が不思議と熱い。……あれ、さっきの選手の名前って何だったかな? 会ったこともないはずだけど、なんか見覚えがあるって言うか……。

「っと、次の講義は落とせないヤツだった!」

突っ伏していた席から立ち上がり、身支度整えて走り出す。

「まったく、起こしてやった恩人にお礼もなしか」

悪態をつく少女の言葉を背に俺は急いで教室へ向かう。


掲示板の前に、着慣れないスーツを着た男女が列を作っていた。就活の情報収集の一環らしいが。

「え? ここの在学生が起業したの?」

「そうそう、ファッションモデルの妹と一緒に化粧品とアパレルのブランド立ち上げたんだって。……そのポスター、お兄さんらしい」

「え? いや、どう見てもこれ美人じゃん。女にしか見えないって」

「美を作り上げる、メイクビューティー。まだTVでCM流れたり……」

少しだけ、興味が湧くような話題が繰り広げられていたが。今は目先の単位の方が大事だと言う事実。

曲がり角でスッと出てきた影に気付かず、俺は誰かと追突事故を起こしてしまった。

「あ、ごめんなさい。立てますか?」

全力疾走ではなく、小走り程度にしておいて助かった。

「あら? アナタ、どこかで会ったこと……」

「ごめんなさい、急いでるんで!」

なんか、妙に聞き覚えのある声に思えた。

倒れた被害者さんの体を起こしてやったものの。

俺は颯爽と駆け出していった。

あの授業、遅刻は欠席扱いにしやがるからな。これ以上遅れるわけにはいかない。


慌ただしい日常。

夢に向けて、歩みを進める若き青春の日。

きっと、薄々。みんな気付いていることだろう。

ここに通う数えきれない人生の中で、子供の頃に夢見た姿を実現出来る人は少なくって。

例に漏れず、夢を叶えられなかった人生を歩んでいく凡人の一人に過ぎないってことに。いやでも気付く筈だ。

そうだとしても……。

「のどかさん。君って夢はあるの?」

「特別なものになりたいと思ったことはないかな。まじめに勉強してさえいれば、普通に生きていける。そんな風に教育を受けて生きてきたわけじゃない? でも、そんな『普通』なんて人生が明確にあるわけじゃない。悔しいけど、何者にもなれないけど。だからこそ」


「あたしは、公立の小学校の教師になりたいと思う」

「ふぅん。……頑張ってみたらいいと思う。案外似合うかもしれない」

青空教室で教鞭を取る彼女の姿が何故か目に浮かぶ。

なんで生徒が俺なのか。そこはなんか妙な感じだった。

「そう言う氷室先輩は、何になりたいの」

「ああ、警察官になりたいんだ。ドラマの殺人事件を追うような刑事じゃなくって。街の安心を守るお巡りさんに」

「ノンキャリアなら高卒でも良かったんじゃない?」

「……いや、親父とお袋が揃って。今の時代何があるかわかんないから大学くらい出とけ。金は出す。なんて言うもんだから。まあ、そのおかげでのどかさんみたいな友人と出会えたし」

……至って平凡にして、特別な何かが欲しかったり。

自分にしかなれない何者かであることを望んでいる訳ではない。

だとしても、俺の思い描いている将来ってヤツは『夢』なんだろう。

俺の夢は叶うのか。また、その夢の道半ばで志が折れることがあるのか。

そんな先の事はわからない。だけど……。


何者ともしれない誰かの声が。

俺の生きていくこの先の人生に、祝福のような。

道標のような。そんな言葉をくれた。

夢で見たのか、どっかすれ違った人の会話の中の言葉の中なのか。その言葉をどこで拾ったのか。さっぱり覚えちゃいないけど。


夢なんて全部叶わなくたっていい

ちょっとだけ世界が優しかったら


……なんか、引っかかるこの言葉を。

なんか、口に出してしまったらしく。


「氷室先輩、その言葉」

「……え?」

「どこで聞いたのか覚えてます? ヤケに引っかかって、覚えている言葉なんだけど……」

「うーん。覚えてないな……なんでだろう?」

まるで覚えていないけど、やけに引っかかる。

その喉に刺さった魚の小骨みたいな感触だが、不思議と嫌な気分にはならない。

「あ、ニュース見ました? 正宗工業の不正発覚、リコール騒ぎや脱税の後処理からすると、長くは保ちそうにないでしょうね」

「……まだ面接解禁すらしてなかった企業だろ。俺にはまるで関係ないじゃないか」

しかし、あの大企業の正宗工業がね……人生ってのは何が起きるかわからんもんだ。寄らば大樹の陰、なんて思想は時代遅れなんだろう。どこで働くか、じゃなく。

どう生きていくか。きっとそれが大事なんだろう。

「いや? つい先日までインターンシップ募集してたし……。というか、氷室先輩。就活いつ始めるつもりですか? もう会社説明会とか参加し始めてる人増えてますよ?」

「……え、マジで? 就活って4年になってからきちんとした説明受けて、いっせーので始めるんじゃねえの?」

「先輩。……アンタは会社員はきっぱり捨てて、公僕目指した方がいいと思います。悪くないと思いますよ、警官。安月給、長時間労働、休日少ない上に非番でも緊急出動。……それでも」


彼女が、珍しく俺に向けて微笑む。ミス仏頂面コンテストならグランプリ級なのに、たまに笑った時のはにかんだ表情。


俺はずっと……この顔を見るために戦ってきた気がする。


いや、何言ってんだ。戦うって何の事だよ。

「ずっと、あなたがやりたかった仕事なんでしょ」

「ああ。……諦めたりするもんか」


思い描いた未来は、俺の元に訪れるのだろうか。

きっと、誰だって持っている。

可能性を。夢を叶える力を。

だけど、現実の前にその力は僅かに及ばずに。

不本意な道を歩むかもしれない。

理想とのギャップに苦しむかもしれない。

だけど、それでも……。


「ハロー!」

突然、聞き慣れた声がした。

銀髪碧眼、和服姿の少女が俺の前に。ちなみに俺の目の色はそこの彼女譲りである。

「会いたかったよ、マイサン。チューしていい?」

「おい! いくらなんでも……」

子離れが出来ていない、俺の母親。氷室ミユキがそこにいた。着物を着た少女は見た目詐欺の年齢をしており、中学生くらいにしか見えないものの実年齢は……俺の母親だぞ?

本名はスノウだったが、結婚した際に日本国籍と一緒に改名までした上で帰化したらしい。深い事情は知らないが親父と結婚して以降は母国アメリカの地に一度も足を踏み入れたことはなかったようだ。

親父との間に何があったか聞いたことはないが、スペクタクルなロマンスが繰り広げられたと彼女が豪語してたので、まあ興味はないんだけどね……。

「ってか、何で前もって連絡の一つも寄越さず息子の大学にまで足運んでやがる! 俺がどこにいるかよくわかったな!」

「ビコーズ、アイアムユアマザー!」

「答えになってねえ!」

めっちゃ流暢な日本語に織り交ぜて母国語だった英語で話かけてくるが、俺の情けない言語レベルに合わせたイージーなイングリッシュをスピークしてくれるわけだが。

しかし、どういうわけだか突然。騒がしい母は声のトーンを落として耳元でウィスパーしてきた。

「一つ聞いていい?」

「ああ……何か?」

「そちらにいるメガネの娘はガールフレンド?」

「……どうなんだろうね」

その反応が気に入ったのか。彼女はすかさず……。

「どうも。マイネームイズ、ミユキヒムロ。お兄ちゃんがお世話になってます」


相変わらずの騒がしい母親。どうにも恥ずかしくてたまらないが、だけど。

自慢の母親で、ずっと甘えたかった俺の居場所だった人なんだ。


……あれ、いや。俺はずっとコイツに育てられてきたのに、何言ってんだろ。今日はなんか、ずっと変な感じ。


「ああ! ったく、お袋。なんで俺の大学まで来て好き放題! ……のどかさん、俺一旦帰るわ。また、明日」

「……愉快なお母様ですね、誰かさんにそっくり」

誰のことでしょうね。


この後は講義もないし、突然の招かれざる客であった俺の母親の世話をみてやるべく。渋々付き合っていたが。

……お袋が突然。スマホの画面を俺に自慢気に見せてきた。

「じゃーん! サプライズニュース!」

事前登録受付中、と書かれた。どこかで見たアニメキャラクターのイラスト……。

「あぁ? 乙女超時空オトメビウス……全てのオトメ、集結せよ……?」

懐かしいIP使いまわしてよくある集金ソーシャルゲーム、いわゆるガチャゲーだろ? と冷めた目で見ていたところ。

「って……マジかよ!?」

白雪りんごを支倉凛子の新録ボイスで再演してくれる? いなくなってた、俺の青春の日々の拠り所が。

「オトメシリーズだっけ? タダシーは昔っから好きだったじゃない? その割には情報には昔っから疎くってさ。……フミちゃんからの情報だよ」

「情報源は先輩か……。いや、マジで驚いたけどさ」

思いもよらぬ、終わったと思っていた筈の夢にも続きが描かれることもあるのか。


しかし、なんだろうな。下手くそな路上ミュージシャン、行列を作っていた占い師。変なモンをやたらと見かけた割には、なんか変な。ちょっと見覚えのある面影みたいなモンを感じながら。俺は帰路についていたわけだが。


「アハハ! 待ってあげないよーだ!」

中学生だろうか? 俺は一人の少女が、財布がポケットから落ちたのを見て、拾ってあげるが。彼女はやけに全力疾走! って、オイ! 年下の女の子を必死で追い回す大学生と言う不審者が生まれる構図になっちまうじゃねえか!

はしゃいで走り回る背中、俺は日頃の運動不足ゆえにかなり必死になって。ずっと……ずっとその背中を追い続けた。

「あの、……サイフ落としたよ?」

俺は。息も絶え絶え。死にそうになってる様子を、息も切らさず元気にはしゃぎ回った女の子に悟られぬように必死に体裁を保っていた。

「あ、ありがとうございます!」


あなたのやりたいことはなんですか?

それは叶いますか?


俺は、彼女の背中にやっと。

長いこと追い続けてようやく追いついた。

「アタシ、片桐雛って言います! この近くにあるチックバードってケーキ屋があるので、今度是非立寄って下さいね! お礼しますんで!」


俺はなんで泣いているのか。

目にホコリでも入ったのか。

なんでこの胸に、なんとも表現しがたい込み上げてくるものを感じているのか。


もしも、俺の願いが叶うのならば。

約束の地って言う場所があるのなら。


「困った時は、いつだって……手を差し伸べるよ。俺はそんな警察官になりたいって。昔から。ずっと昔から思って生きてきたから」


俺の手の届く優しさで、ほんの少しだけでも世界をよりよい方に変えられたならいいなって。


そして、今。

この俺を見ているあなたの願いも叶いますように。

そんなことを願っています。

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