やりたいことがなんでも叶う魔法の石を拾いました

〜素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド〜
我才文章
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シーン13 ……なんかに負けたりはしない

公開日時: 2022年5月30日(月) 20:12
更新日時: 2022年5月30日(月) 20:17
文字数:3,542

芝浦の方で、たまたま遭遇した雑踏の歌い手。

「あのまま帰っちまったとは言え、少し気になるな」

挨拶の一つもせずに帰った訳だが。

何かしら背負って、一縷の望みを約束の地に賭けている俺のような人間の同類である。

日も跨ぎ、夜も明けて。朝の9時半頃のこと。

アトリビルの2階、氷室探偵事務所の一室で。

思いもよらぬ来客がドアを叩いた。


「ごめんください」

……えっと。

こう言うのもなんですけど。

客?


初めてだよ?


「はい、今開けますね」

呑気にドアを開けると。

……何かが俺の頬を掠めた。

何か? なんでしょ。……その何かの感触があった左の頬に掌を当ててみる。

「……なんじゃこりゃああ!!」

掌を広げると、真っ赤な血で濡れていた。

つまり奇襲! それにしたって、白昼堂々と事務所にカチコミたぁ、度胸がありますねぇ。一応言うけど、事務所って言っても、閑古鳥鳴くしがない探偵事務所。

暴力団の事務所でもないのに、鉄砲玉送り込むとかどう言うこと?

やり口がヤクザよりひでぇな。そう思った次第でしたが。

俺の目の前にいるお客さんの姿を確認すると。

ヤクザとは真逆に位置しそうな……。

白昼堂々、忍ぶ気配も全くなさげの忍び装束を身に纏ったニンジャがいた。

ふひょっ!? ニンジャ? なんで、ニンジャ?

「はぁ……昨日はどうもね。ケチなお客さん。アタイの歌声、タダで聴いて帰るなんてぇのは失礼だわさ」

ニンジャの後ろに、ギターケースを背負った昨日の路上弾き語りをしていた女がいた。

「失礼とはなんだ! 挨拶もなしにいきなりカチコミしてきやがって! そっちのがよっぽど失礼だろうが!」

「あ、どーも。アタイは等々力響子。まあ、とりあえずメジャーデビュー目指してるしがないシンガーソングライター」

「どうも。氷室探偵事務所の探偵やってます。氷室正義です」

俺は、挨拶だけではせっかく来てくださったお客様に失礼だし。コーヒーでもお出ししようかなと思い……。

「って、違うだろ! お前、目的は……」

「うん。まあねぇ、アタイもべっつにやりたいこととか全然なくってさぁ。退屈してたわけよぉ。つまんないバイトして日銭稼いでさ……派手な恋愛とかするにも、いいオトコと出会いもないしぃ? あー、刺激が欲しいって思ってたらね。で、これ以上の説明いる?」

ヤツの手に見せつけるように黄色い宝石。こりゃあ想像通り。

「つまり、お前は……」

「そ。アタイのライブのチケット代を回収しにきたってわけ。アンタの命で」

こうも存分に暴れやがって……。

俺が頭に血が昇って行く所だったが。

昇った血が、さっきと反対側の頬からスパッと流れ出した。……ん、何故。

「しかし、ずいぶんなご挨拶だな。珍しい来客でこの男も咽び泣いていることだろうが」

のどかさんの声である。

漫画チックなカギ付き手裏剣があの女ギターケースに刺さっていた。さっきの攻撃は手裏剣によるモノだったのかぁ。なるほどぉ。……で、なんで俺の頬を掠める必要があるんですか? ねぇのどかさん。

「そもそも、なんでニンジャがいるわけ?」

「アタイの守護者だからね」

「ニンジャである理由の方が気になったんだけど」


と言うことで、ニンジャを連れた自称しがない女歌手。

なんか知らんけど、衝突を避けられそうにない展開になってきた。

「とりあえず、事務所の前で暴れないでくれやがりませんかね。いくらなんでも非常識な」

ふぅと溜息を吐いた後、改めて眺めてみる。

ハチガネと頭巾、紺色の装束を見に纏い。いかにもニンジャです。と言わんばかりのニンジャ。

ドラマや小説などの創作作品などで言われるところのとある一説をふと思い出した。


ある場面にて、突然現れたニンジャが暴れ回った結果が、作品の本筋よりも面白ければその作品はつまらない。なかなか結構な言い草のある仮説である。

……でもさ。チンピラや金持ちみたいなのならまだ、暴れ回っても少しキツいくらいで済むけど。突然現れたニンジャって、絵面が出てきた時点で相当勝ち目薄くならねえかな。と

まあいわゆるサプライズニンジャ理論と呼ばれるそうだ。

俺だって、何の前触れもなく現れたニンジャとその飼い主に。

サプライズニンジャになんか負けていられるかぁッ!

と言うまあ、今回のサブタイを回収したところで。

のどかさんが相変わらずの悪態をつく。

「……それにしてもバカなのか? 奇襲に失敗した挙句に、こんな所で歓談。そこの男が見るからにしてツメが甘いのはご覧の通りだが。……私は甘くないからな」

のどかさんが、座っていたイスから腰を上げた。

「まあ、今回はただの挨拶だけ。アンタにも挨拶しとく?」

「とんだご挨拶もあったものだな。ナメた真似して、このままタダで帰すとでも思っているのか」

「まあ、不意打ち失敗しちゃったしぃ。2人もいるとは知らなかったから。流石に戦略的に撤退だわさ」

そう告げると、ニンジャが腰に提げた小太刀を抜き、ワッショイの掛け声と共に……俺の方に切り掛かる。

……あれぇ? 流れおかしくね? のどかさんとやりとりしてたのに、それを俺に向けないでくれ。

「チィッ!!」

振り下ろされた刀に対して、咄嗟に出来たことは。

即席で板状の氷の盾を作り出し、防ぐこと。


「ふぅーん。氷かぁ」

「悪いかよ!」

「その手は、まあ……悪くはないけど、よくもなかったってトコさ」

氷の板を斬り裂くほどの切れ味のない忍者刀。

俺は、等々力とか言う女の言葉の意図する所を読み取った。

刀による攻撃自体は確かに防いだのだ。

だが、危ねえ!

刀自体の切れ味ではなく、何かしらのトリック……忍術とか言うふざけたモンじゃないだろうが。

氷の盾が寸断され、危うく俺の腕に刃が届く所だった。

「……おい、氷室正義。足元を見てみろ。ヤツの属性が何か紐解くヒントがそこにある」

んな、刀振り回されて避けてる最中に変なこと言わないで欲しいんですけど。無茶苦茶な。

「じゃあ、今日はこの辺で帰らせてもらうさ」

こんな勝手にニンジャをけしかけといて……自分勝手にもほどがある。帰ろうとか。

「ふざけんな、スサノオ!」

フブキを呼び出すのは割愛し、直接実現武装を身につけた。

「なるほど、のどかさん。これって……」

少しニンジャへの対処が楽になった俺は、先程言われた床を見た所。……水で濡れているのを確認出来た。

「お前の氷の盾はおそらく、斬られたのではなく。焼き切られたんだ。……かなり高温の熱を用いてな」

のどかさんの推理の方が速かったが、現役の探偵が探偵黙ってうんうん頷いてるだけじゃサマにならないでしょ。俺は彼女の推理に付け加える。

「そして、あのカタナは……金属製。火や熱を直接生み出した訳じゃなくとも。俺の推理が正しいとすりゃ、おそらく電熱器の役割を果たす部品が付いた仕込みがある。……ニンジャと、あの女。十中八九、雷や電気の使い手!」


等々力響子と言う自称歌い手。

ヘタクソ未満のクソみたいな歌だけでも到底度し難いものの、許してやらんでもなかった。

だが、こうもお命頂戴と言わんばかりに刺客としてやってきたからには。

もう勘弁しねえ。お尻ペンペンの刑くらいはしてやらんと俺の気が収まらない。

「この野郎!」

と、俺が怒りの鉄拳をニンジャの胸板目掛けて突き出すと。

もにゅっ、と言う柔らかい感触があった。


ニンジャはニンジャでも。なんとクノイチ。

顔を覆うマスクと、体のラインを隠すような装束のせいで、女性かもしれないと言う発想がまず思いの外だった。これってセクハラにひっかかります? でも、わざとじゃねえんだけど。

「おい。バカかお前は。命を賭けた戦いの最中に。まして、そっちは人形だ。百歩譲って所有者相手ならまだしも気にしてやってもいいだろうが。……むしろ、お前は女を襲うくらいの気概もないヘタレってことか?」

のどかさんに呆れられたが、ひでえ言い草なので反論。

「女性に手を上げない紳士ってことに、文句あんのか」

「文句はないが。……我欲を剥き出しに、敗者を貪るくらいの方がきっと、欲望の石の所有者としては正しい気がするがな」

他所は他所、俺は俺。剥き出しの獣みたいな欲望があるのなら、正しく品行方正な欲望があったっていいじゃない。本能のままなんて野蛮じゃない。

どうせだったら俺は、理性的に欲張りたいね。

だが、カチコミかけたニンジャも時間稼ぎの役目を果たしたからなのか。

ものの見事に、まるでさも最初からいなかったかのように姿が消えた。

ドロンと煙を立てて消えたなら、なおのこと忍者っぽかっただろう。

「だぁっ! ナメられたまま終われるか! のどかさん、あの子を追いましょう!」

「言われるまでもないが、先に行ってくれるか?」

「ああ、もう! 相変わらずの弾除け扱い! 大事にしてくれてありがとうございますよ!」

事務所から外に出る。どこに行ったんだ。

次回はこっちの番だ。ナメられっぱなしで終われるか。

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