何が欲しいのか。
何をしたいのか。
本当にやりたいことは何か。
心からの願い、欲してやまないこと。
「その答えはこれだ」
現在は、朝の10時半。子どもならば学校に、きちんとした社会人ならば職場に。
それでいて、何かしらの勉強なり仕事をしていることだろうと思うのだが。
大した仕事もロクに舞い込まない閑古鳥鳴く事務所の中で。
今、待ちわびていた。……鐘が鳴るだろう。
その時をじっと、ただ待ちわびている。
「……ハァ」
聞こえるような溜息をつき、呆れ顔でこちらを眺める和装の少女の目線はあえて無視。
ピピピッ、と。事務所の備品であるマグホがその時を告げた。
「いただきます!」
曇りきっているガラスの机、と呼ぶには粗末な台の上。
発泡スチロール製の筒状の器。それを、とりあえず4つほど置いた。
「カップ麺なんて、久しぶりに食える……! ありがたい」
「……せめて、スシとかヤキニクとか……もっとゴージャスなブランチにすればいいのに」
「馬鹿野郎! こいつはな、期間限定で。戸有市内の地域限定販売。あのあざらし亭が監修の高いヤツだぞ!」
ぶっちゃけあざらし亭って言うラーメン屋に特に思い入れもないし、入ったことすらもないのだが。
「高級カップラーメンなんてな、生まれて初めて買ったわ……」
普通のカップ麺であれば安売りで100円もしないで買えることもあるだろう。
だが、コイツは定価300円もする。実に3倍近い。それを4つほど食べ比べ……と言う。
かつてやったことがない、贅沢をしている。
冷凍食品や、カップ麺などが一人暮らしの学生の心の友だとかなんとか言うが。
豆腐やバナナ、玉ねぎを齧る。そう言うレベルの食生活だったし、米を炊くより小麦粉の方がコスパがいい。
貧乏人は、炭水化物のみの栄養に偏った食生活を送ることになりがちである。
袋ラーメンでもなく、冷凍食品でもない。ただ、なんというか。
無性にカップ麺と言うものを体が欲してやまないような時って、人間にはあると思うのです。
味の方だが、悪くない。それどころか普通に美味しくて驚嘆した。
即席麺の可能性を感じてしまった。
まずは醤油味。あっさりとした定番の醤油味だが、あざらし亭独自のこだわりのダシを再現するパウダーを作るのに苦労した。鶏ガラと鰹のブレンド、この味は本家に限りなく近い。
……と、フタの裏に書いてあったけど、本家は知らないが雰囲気は出せてるのではなかろうか。流石に店で出す本物のスープそのものが作れたわけではないが。
味噌味も、塩味も、豚骨も。あざらし亭独自のこだわりを再現するのに苦労した、とフタの裏に書いてあった。
具も、驚いた。謎の肉とか、乾燥した薄っぺらのチャーシューを使ってたりするのを想像していたものの。
フリーズドライ製法で乾燥させたネギやメンマは割と思った通りの普通のものだったが。
レトルトチャーシュー。これが、マジで舌の上でとろける脂身。技術の進歩を感じた。
また、ラーメンと言うからには麺。これもきちんとコシがある。思ってたよりしっかりしていた。
カップ麺だし、所詮は……と軽く想像していたが、まあ。少し想像の上を行く程度に満足が得られるものだった。
普段なら絶対に買わないと思っていたのだが、これはハマる人はハマるだろう……。
だが、流石に。舌を満足させるにしたって……。
流石に4杯もラーメンを、カップ麺を一気に食べ比べるって言うのは。
飽きる。
「オーナー、フーリッシュ……馬鹿馬鹿しいけど。欲を満たしたことで少しだけ石がパワーをゲットしてます」
「ああ、人を良くすると書いて『食』と書くんだ。人生において食事ってもんがどれだけ大事なモンかってことだな」
「その割に、ア・リトル……顔が引きつってるけど……アーユーオーライ?」
「いやいや、すげえ満足してるわ……一口食うか?」
氷室正義と言う素寒貧探偵が食い物を勧めるなんて、こんなこと滅多にないことだ。光栄に思え。
「……オー、ノーセンキュー。ガーディアンは、ミールを必要としないんで」
「遠慮するな。……うまいぞ」
「結構デス。ヌードルじゃなく、もっとゴージャスなら多少は考えたケド」
さて、ロクな食事も取ってこなかった空きっ腹だ。4杯くらい普通にお腹に収まるだろう。
あとひと踏ん張りの気合いを入れて、頬を少し叩いた。
「うまいぞ! これは感動した! 値段以上の価値があったし、普段なら絶対やらない経験が出来た!」
「でもオーナー。……普段よりもちょっと贅沢なチャレンジ。まあ悪くないけど」
そこへ相棒が、少し凹ませるような言葉を撃ち込んできた。
「その高級即席ラーメンの隣にあった、マジックフーズが食べれたよね。……食べ比べより、もっと楽しく食べれて、安く済んで、飽きなさそうなヤツが」
「……考えないようにしてたのに」
戸有市内限定販売の、特殊保存魔法にてプロの料理をそのまま保存、できたての味をその場で即座に!
そんな、魔法みたいな食料品が陳列されているのを横目にチラッと眺めたのは確かだ。
ケチな根性がそこへ食指を動かそうとするのを抑え込んでしまった。
「いや、でもスーパーの食品売り場で一食に700円出すのって高くない?」
「アー……。トアルシティ内限定通信販売サイト、SABERの顧客満足度の5段階評価でフォーポイントシックス。レビューによると、この味が行き渡れば街中のしがない定食屋は潰れる。なにせ、プロ監修のもとレストランで出て来る料理が普通の定食屋並みの値段で、好きな時間に好きな場所で食べられるのだから」
「え、それマジでおいしそうだな」
聞いただけでよだれがズビッと出てきそう。
「……うん、まあ言っちゃアレだけど。……オーナーも石に願えば、フールからインテリになれるとは思いマス……」
馬鹿にしてんのか。いや、歯に衣着せぬ物言いで……。
「うん! これは所詮あぶく銭で食えたもんだし、まあ気にしないでいっか!」
「ポジティブなのはオーケイ、バット……まだ1カップ平らげただけ……」
逆に楽しくなってくる。
時の流れは無情であり、待ってはくれない。
スープもヌルく、麺も伸びきった最後の一杯を平らげたのは……。正午前になった。
怒涛の一日を終えたその翌日であり、そこまで早く事態の進捗があるとは思っていないのだが。
しばらくぶりの満腹感と、多少なりげんなりした感覚を満喫していたいなあと思っていた矢先のこと。
事務所の中でのんびりと、怠惰に。何かが起きるきっかけを適当に待ちわびていたいなと思っていた時。
「……あ、この感覚。覚えてるわ……」
吸い寄せられるような感覚。……人を呼び寄せ、食い散らかそうとしている人間モドキの集団。
「水尾真琴……の顔をしていたけど、顔無しって呼ばれてる、あんな感じの……レイズデッドの予感がするわ」
「グッド! オーナー、早速ハンティングにゴー・アウト!」
「……俺が、本当に会いたいと思っている死んだ人間のツラをしたレイズデッドが出て来るんだっけ……」
「イエス。……ダミーじゃなく、モブレベルのノーフェイスなら、石の所有者が負ける道理はナッシング!」
甦死とか言うバケモノは、死人と会いたい人間だけをおびき寄せる。
原理的には生物で言うとフェロモンのような物を発するらしい。それにホイホイと付いていくと、昨日のようなザマに。
「……勝ち負けとかじゃなくて、昨日の一件。あれさ、すげえ……理不尽だと思ったんだ」
昨日のアレはぶっちゃけトラウマもんの。臨死体験って勢いで、本当に恐怖を感じた出来事ではあった。
「この街に、行方不明になった友人、恋人、親兄弟、嫌いな同僚。……わざわざ会いたいと思って、俺みたいな探偵にすがってまで」
「……ウープス。オーナーみたいな?」
「探偵にすがってまで! 会いたいって思ってやってきた人間を食い物にするんだ! 俺がやりたいことって、別に……レイズデッドの存在が気に食わないから、絶滅させたいとか。そういう事じゃ多分ないけど。……でも、俺がやりたいことだからじゃなくて。今の俺にでもできるなら、それは『やらなきゃならない』ことなんだと思うわけだ」
「……オーナーみたいなディテクティブ!?」
「うるせえよ!」
一度わざと聞き流してやったのに、本当にコイツは癪に障るわ……。
「まあ、来るなと言ってもお前とは一蓮托生らしいし、勝手についてこい」
「……オフコース。ビコーズ、アイアムユアガーディアン!」
というわけで。
昨日のような要領で、おびき寄せてくる甦死の住処へと歩みを進めていく感じで歩いて行った。
「……正しい」
この声は、聞き覚えがあった。二度と、肉声で聞くことはないんだろうと思っていた、あの声。
「二度と聞くこともないと思ってた」
目の前には、死んだ父の姿が。……先輩曰く、陰謀に巻き込まれて命を落としたらしい。
「何故、こんな所に来た?」
「お前をブン殴るためだよ!」
ノータイムで、親父の顔をした顔無しの人間モドキの顔面にグーで殴りに行った。
「俺は生まれてこの方、アンタに付けられた……この名前が嫌いだったんだよ!」
別に、このバケモノに向けて言った訳じゃない。このバケモノの向こう側、死んだ親父に向けて叫んでいた。
「なんだよ! 正義と書いて、ただしい! こんなふざけた名前つけやがって。正義と書いたらセイギでいいだろうが! まさよしでも、いっそのことジャスティスってキラキラした名前でもいいわ! 伸ばすな! 語尾を伸ばすな! 正義と書いたらただしい! ヒムロ・タダシー! ふざけた名前つけやがって!」
積年の恨み。キラキラしているわけでもないし、古臭いわけでもない。
だが、正義と書いて正しいと読ませる、その心! それが、ずーっと、コンプレックスとか、フラストレーションとか溜まるんだわ。自分自身が嫌いだった理由の一つとさえ言えるほど、強く根差しているものだった。
「間違っちゃいけないのかよ。正義って、何だよ。……正しさって、なんだよ!」
まるで、ロボットアニメで殺したくないのに友好を深めた敵パイロットを殺めた主人公みたいな台詞を吐いてしまった。
「俺は、アンタの顔面を! 一度、本気でぶん殴ってみたかったんだよ!」
……右腕に付けた、ダイヤが一瞬、強く輝いた気がした。
どう動けば、この力が使えるのか。頭では正直わかっていなかったが。
「やっぱり、思ってた通りだ。……俺が顔無しと出会うと、親父の顔が浮かんでくるんだな」
足を止めるつもりはない。やらなくたって、誰かが。
例えば、のどかさんみたいな人がいて。……それで、この街の汚いものを掃除してくれることもあるだろう。
でも、これは。……そうだとしても、やらなきゃいけないことなのだ。
ずっと、弱音を吐いたり、愚痴をこぼしたり。なんだったら、甘えることも出来た唯一の存在。
それと同じ顔をした、ゾンビと殴り合うことも……ツラいなんて言っていられないだろう。
「これが、俺のやりたかったことじゃないとは思うけどな!」
同じ顔をしたバケモノが一斉に襲いかかってきた。昨日までとは違う。
体は動くし、こっちのパンチが面白いくらいに効いてるのが目に見えている。
「生き急いでるつもりなんて別にないが、俺は……氷室探偵事務所の、探偵なんだよ!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!