フブキはずっと言っていた。自分は道具、あるいは武器。
あの赤毛も言っていた。遊びは終わりだ。のどかさんが握っていたあの巨大な剣が、あの赤毛の男そのものであり。
この手にしっかりと装着されたガラスのように透き通った手袋がフブキ。
だから、ここからが本番と言うのは事実で。
「このまま、黙って殺されていられるか!!」
所有者と守護者。欲望の石に願いを込めるものと、その願いを守る者。
望みと力が一心同体となることでようやく手に入る力。
それが、実現武装。と言うお話のようだが。
首元に迫った炎のように波打つ刃、それを透き通ったコテで受け止める。
刃が通らず、剣を引き……のどかさんは飛びずさった。
ここでワンポイント。後ろに飛びずさったって表現、頭痛が痛くなる表現だよね?
こんな大事な局面でどうでもいい思考のノイズがよぎる。
余裕ねえのにそんな余裕がよくあるなぁと自分でも呆れたが。
「昨日は無様を晒すだけだった身で……よくもここまで。大したもんだ」
のどかさんがはっきり聞こえるような舌打ちをした。
「何のためにこんな戦いを、殺し合いをしなくちゃいけないんだ!」
「叶えたい願いがあるからだ」
「命をなんだと思っているんだ!」
「どの口が言う。……その生命を賭金にしたのは、貴様自身だろうが」
彼女の握っている刀身が炎を纏う。
「これが正真正銘、最後の一撃にしてやる……防げるものなら防ぎ切って見せろ」
空気が震えるような感触が伝わる。
それにしてもオンラインゲームで言えばこっちはアカウント作って職業も選んでいない初心者。
あっちはスキルツリーを解放しまくってる上級者、廃人的にまでやりこんでることだろう。
まあ、ネットのゲームの専門は先輩でこっちは聞きかじったことある程度なんだけども。
「初心者狩りとか、マナー違反だろ!」
「お行儀がいい殺し合いがこの世界のどこにある」
「テレビアニメの中にならある!」
学生時代に見てたテレビアニメ、オトメルヘンのヒロインが言ってた。
卑怯な真似やズルいやり方で勝ったって、自分の中に後悔が生まれる。
だから……後悔なんてしないように最初っから胸を張って挑むんだってさ。
「それは残念だったな。似たようなことをほざいた奴を以前この手にかけたのを思い出したぞ」
ここまで熱々の炎を生み出しておきながら、淡々と冷たく言い放つ。
そのギャップが憎たらしくも感じられてしまう。
「紅玉剣術奥義……火竜。私の握るカグツチを竜の顎に喩え、その口から放たれる龍の息吹は立ち並ぶものを焼き払う」
(ネーミングセンスは無難なのが一番だな……)
彼女の右腕には龍の頭を模した炎が。ファンタジー映画のCGとかで既視感あるような無難なデザインのやつ。
しかし。ツッコミたい。剣術なのに、相手がやらかそうとしているのは砲撃に思えてならないのです。
そこ、斬撃じゃなくって飛び道具使っていいのかよ。まあ、剣からビームとかファンタジーもののお約束だけど。
「後悔しないように足掻くことだ。……灰すら残さず燃やし尽くしてやるがな」
周囲を取り囲んでいた炎の渦は気付けば鎮まっている。熱も収まり涼やかな風が吹いていた。
だと言うのにこの肌から流れ出る汗は……予感と戦慄。
予感でしかなかったものが、確信に変わるのにさほどの時間はいらなかった。
そもそも彼女も先ほどから宣言している。最後の一撃とまで言い切ったのだ。
「デカいのが……来る!」
余計なモノを削ぎ落し、トドメに相応の大技をぶちかまそうと言うため、周辺の炎を消したのだろう。
その証拠に。巨大な炎の龍の口の奥、それでも紅玉が強い輝きを放っているのが見て取れたのだ。
すぐにでも竜の口から力の奔流が放たれるだろう。
「さてと。……言い遺す言葉は?」
逡巡する。死神の足音が近づいて来るこの刹那。
短くて、何もなかった。浪費してきただけのこの俺の人生。
心残りは。
一番、引っかかっていることは……。
『オーナーは、それを叶えるパワーを。イエット!既にハブ。だって私は貴方の実現する為の武器』
フブキの声が届く。
そして、心の奥から湧き上がる衝動が。心の奥底で押し殺していた欲望が燃え上がって来た。
思い上がりだとしても構わない。
欲望って言うものは人を進歩させていくエネルギー、前を向く力。これからをどうしたいか。これから何がしたいのか。そう言う説明ばかり聞いていたからわからなかったのだ。ずっとわからなかった原因であり、今や未来にこだわるような問いかけばかりをされていたからわからなかったのだ。
この俺、氷室正義と言う男はどこまでも後ろ向きな人間で!
たった一つの心残りだけが、今の俺を形作っているのだと!
彼女の質問への答えを咆哮んだ。
「俺は! こんなよく分からないことでっ! 死んでたまるかァーッッ!!」
「残念だが、その願いは叶わない」
冷ややかな言葉とは裏腹な、龍の口から余計なモノを省き。焼き払うと言う願いだけを凝縮した直線的な熱線が放たれる。
……もしもあの時。
あの物悲しい背中に駆け寄って。手を差し伸べてあげられたならば。
守護者と所有者。そして実現武装。
心の形、今の自分を形成するモノ。それを明確な形にしたもの。
まさしく一心同体だ。
これからどれだけの出会いがあるだろうか。
未来で巡り会える幾万の声も、幾千の言葉も。数百の会話も、十数の告白も。そんな未来なんざ。
どうでもいい。
ただの一度の拒絶が、俺を今の俺たらしめるきっかけだった。
水尾真琴も言っていた。この戦いが俺の望み、真実に繋がっている。
遠ざかって行く背中にこの手を差し伸べてあげられたならば。
その心残りそのものが。未練が。願望が。あるいは妄想と笑われても構わないそんな子どものようなこだわりが。
俺の欲望であり、清算出来なかった過去であり、そしてこれからの俺の人生そのものなのだ。
氷室正義の咆哮が形を成していく。
非力な細腕では、過去に届かない。
荒削りで、無骨で、不粋で、不器用で。
だが、決して折れることがない。力強い巨人の腕。
純度120%、俺の願いそのものを越えるほどの願いの結晶が形を成した。
隣のビルより数階分のっぽな氷の腕が眼前にそびえ立った。
「言ったよな。防いでみろと。……ああ、やってやるよ!」
龍の息吹が、俺の願いを焼き払う?
ふざけるな。俺の凍りついた人生が。
時を止めた未来が。未練が。願望が。
そんなチャチなモノで解けてたまるか。
どこまでも、こだわってやる。
本気であの時思ったことを実践してやるよ。
割り切って、諦める事が大人になるということなら。
俺は24のガキで構わない。
たった2年だ。遅くなってしまっただろうけど。
あの孤独な少女の背中を。遠ざかってしまった拒絶の先でも。
力になるとか、味方になるなんて言うほどじゃない。
あの子はきっと、俺の事なんざとうに忘れているだろうし。
謝りたい。力になってあげられなかったこと。
無力だったこと。差し出そうとした手を引っ込めて、背を向けてしまったこと。
きっと、それを人は自己満足の偽善と言うが。
自己満足も、偽善も。独りよがりも、れっきとした欲望だろうが。
あの子に繋がっている、この道の先へ歩みを進めて行く。
無力な自分ではない、あの頃の自分が。
あの時手を差し伸べてあげられたならば。
ずっと、心残りだったことに決着をつける。
それが今一番……。いいや、あの時からずっと。
やりたかったことだ。
やるべきことだ。
なりたい自分だ。
願いが叶う場所も、それを叶える魔法の石も。
そんなものは、ただのきっかけだ。
俺は周回遅れの人生を恥じるべきだが。
胸を張って、前を向いて歩いて行くために。
命を賭けてでも、このこだわりは絶対に捨てない!
と、息を巻いてこの胸に誓ったのはいいんですけど。
「ちくしょおおおお! そのドラゴンのゲロ、長過ぎるんだよ! ちょっとくらい息継ぎしてくれよ、酸欠になるぞ!」
巨人の腕を盾のように眼前に生やしたまではいいけれど。ビルより上の高さまでのびていた腕も上腕二頭筋部分はおろか、前腕部分の半分は溶かされ、手首と掌に到達しようとしている。
「……それで終わりと言うなら、そのまま死ね。防ぎ切るつもりがないなら無駄な足掻きだ。生き汚いとは言わないでやる」
膠着状態と言うのは違うだろう。相性は最悪、相手の攻撃が止む気配は少なくとも今の所はない。
起死回生、一発逆転のチャンスがあるならば。
……あ、目の前にあるじゃん。チャンス。
閃くと同時に、それをした。
相手は心を読むのを理解してる。
原理も射程も詳細まではわからなかったけど。
伸ばした巨人の腕はまだ少し余裕があったのに気付いた。
ハエたたきの要領で彼女に振り下ろしたとしても、届く程度の長さの余裕が。
「何っ!?」
珍しく、水原のどかの台詞に感嘆符が付いたことを耳で確信した。
「巨腕の一撃! とでも俺は名付けるだろうな」
巨大な氷の腕、は届かなかった。
ただ、巨人の中指。目測通り、ギリギリ中指の爪、くらいの所、指の先端が彼女の眼前まで届いた。
炎の龍が姿を消す。
彼女の手から、炎の剣も姿を消していた。
「……ナメた真似を。お前の答えを聞く必要はない」
呆れている様子を隠す意思はなさそうだが。
「お前は、私に最初から直撃させるつもりはなく。炎を防いでみせたつもりなのは、距離を調節していたと言う訳か。丁度良い距離になるのを待っていた、気付かないように。無意識で、だ。火竜が氷の腕を溶かすスピードまで計算しつつ。センスの塊だな」
自分の行動も違和感は確かにあった。
普通、即座に反撃に移るのが人情だと思うし、でも。
彼女に言われて初めて気付いた。
「殺す気がない。なのに、殺し合いの戦いに身を投じる。見果てた馬鹿で、救いようもないな」
「のどかさんは、俺を助けてくれた命の恩人だから」
違和感の答えを彼女の口から聞いて腑に落ちた。
自分の事って、案外自分が一番わからないものだと正直に思う。
「救いようはないが、利用価値はある。そう判断した」
彼女は淡々とした口調で続けた。さっきまで100%殺意もう殺りきるしかない感じだったのに。
「相性で言えば。最悪の相手が私にも存在する。お前のとっての私のように。十二の石は、歴史の中で人間が支配を望んできた事象、つまり得意とする属性が各々あるわけだ」
本当に、利害のみ損得勘定で淡々と言ってくれる。
こっちの意思は関係ないんだろうなあ。
「水の石、アクアマリンの所有者。そいつだけは私でも確実に手こずる。火は水で消える。だが、水は凍る。お前の利用価値はそこにある」
「知り合いですか?」
「……血縁は私にはないが。兄、とでも言うべき存在で。私のこの手で殺さなければならない男だ」
彼女の身の上、背負っているモノ。叶えたい願い。
全然知らないけれど、彼女の本気の意思を感じた。
「……他にも、所有者を知っていたりするんですか?」
「あと2人ほどいる。まず。私が既に倒した幻の石、サファイアの所有者。正攻法では倒すのは難しいだろうが、火と全く関係のない部分で相性が良かった。先手を取られたら奴を倒せる所有者などそうそういないだろう」
終わった話だが、と彼女は詳しく教えてくれなかった。
「あと、もう一人は。殺さなければならない相手だと思っていた男が所有者になったと言うのを噂で聞いた。好都合だ。奴だけは差し違えてでもこの手で仕留めなければならない」
違和感があった。それはどう考えても変だ。
憎々しい相手の事をこうも淡々と語る人は見た事がなかったから。
「殺したいほど憎いって、どういう関係……」
「お前には関係がない話だが……まあ、憎くはない。怒りもないな。だからこそ、殺す」
覚悟や決意のような意思を感じるのに、感情を表に出さない彼女。
これが何を意味するのか。まだ気付く事が出来なかった。
「氷室正義。ちなみに一つの勘違いを正しておいてやる。私はまだ全力など出していないし、あのまま仮に続けたとしても負ける要素はゼロだった。何なら、今から殺してやってもいいぞ」
「いや……まあそうでしょうよ」
少しだけだけど。ちょっと期待したけど。そうだよね。そんな気がしてた。
「ヘイ、ルビーガール! ユーはルーザーのくせに調子乗ってんじゃねえぞ、クソが! ファッ○ン○ッチ!」
呼んだ覚えもない馬鹿が武装から姿を戻して彼女に向けて中指と一緒にフラグを立てていた。
「氷室正義……お前の本音は躾がなっていないようだが。3秒で踏ん付けて足蹴にしてやれたのも忘れるのは滑稽だぞ」
さっきの「お遊び」と全く同じ構図になったのを見て。
「まあ、利用価値がある内は、のどかさんのお役に立てるようにせいぜい頑張りますよ」
この人に勝てる気がしないけど、なんだかんだ上手くやっていきたいなと思う次第でございました。
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