「約束の地は本当に存在するのか?」
俺達が目指し、願った。全ての願いが叶う場所。
それだけははっきりさせたかった。
「欲望の石を全て集め、戦いに打ち勝った者だけが踏み入れることの出来る約束の地。ある、とは言えるでしょう」
その出鱈目で、理不尽で、卑劣で、残酷な現実を。
ようやく自ら語り始めた。
「ですが、そこに辿り着く為には。願いだけでは足りません。いつだって夢を叶えられる者とは。苦難を乗り越え、現実に立ち向かう強さを持っていなければならない。この願いの選定における私の本当の役割をお教えします」
俺は薄々感じていた。……このクソみてえなマッチポンプの、水尾真琴の思惑に沿ったバトルロイヤル。
この戦いを運営することによる、何かメリット。得はあるのか? そう考えると……。
「以前、私はあなた達にこう言いました。私は数多の人の願いの果て。……既に半分以上答えを差し上げていたんです。あなたがた欲望の石の所有者が夢を叶えようとする存在であるとすれば。私はそれに対となる存在」
俺の予想通りの言葉を続けてくれた。
「私は試練。私は不運。私は災厄。苦難、現実、怠慢、疲弊、観念、惜敗、未熟。まだまだ挙げられるでしょう。……夢を追う者がその願いを諦める理由の全てであり。望みを叶えられるかどうかの分水嶺はそこにある。私を一言で言い表すならば、絶望。文字通りに望みを絶やす。その全てを体現する、願いを妨げる為の大いなる壁です」
「それがお前の役割。……つまり、お前とはどっちみち戦わなきゃならなかったんだな?」
「その通りです、夢を追う者よ。最後の試練として、絶望に打ち勝て。さすれば約束の地へ至る道が示されん。まあ、そう言うことです」
早かれ遅かれコイツと戦わなきゃならなかったんだ。
今、ここで俺が絶対に倒さなきゃならない。
「改めて、名乗りましょう。私は水尾真琴。そして……絶望の石である、深淵の黒曜石の力の化身。あなたは慕っている先輩の力を借りてはいたでしょうが。ここまで真実に迫ったことと、私に歯向かう愚かさに敬意を表する意味で。もう一つの名前を明かしましょうか。あなたは私を守護者と言いましたが。絶望の石において、やはり呼称は変わります」
ついに絶望の石の力の化身が自ら正体を明かす。
「私は絶望をもたらす者。絶望の石の運び手、パンドラです」
なるほどね。バカにしやがって。
「俺達の戦いは、お前が主催する茶番劇だった。それは理解した。普通に戦えば万に一つの勝ち目もないだろう圧倒的な力。それを以て、お前は俺達の前に最後に現れて。……それで終わりなわけがないだろ!」
ふざけた茶番劇だとしても、一縷の望みに命を託す。
それは執念だ。圧倒的な力の前にも食い下がり、もしかしたらヤツを倒せることが、万でダメなら億か、兆か、京か。
宝くじの一等の払い戻しになるくらいの幸運だったとしようが。……お前は、負けた時にも意地悪出来る余地があるなら。罠を仕掛けるに決まってる。
俺は確信していた。これですんなり終わらせるはずがない事を。
「いえ、終わりですよ。その万に一つが起こりえて。私を打ち破り、全ての石を集めた者が絶望の石を砕けば、約束の地は現れます。騙してなどいません」
安堵をするにはまだ早い。俺が聞きたいのはその先だ。
「ところで、氷室さん。平行世界。パラレルワールドと言う概念はご存じですか?」
「何の話だよ」
「……可能性のお話です。もしも、あなたが立派な警官になっていた可能性の話。もしも、水原のどかさんが悪意の火により命を落とさなかった可能性の話。もしも、桐生健美さんが挫折をせずに今もアリーナを駆け抜けていた可能性の話。もしもあの時の選択が。あの時の不運が。チャラに出来たら。あの時の勝負に勝っていたら。……そんな望みの実現こそが、約束の地です」
「……言っている意味が、わからないが」
この期に及んで、結論が見えてこない。
そもそも瀕死なんだ。難しいこと考えさせないでくれ。
「約束の地。そこではあなたの希望は。願いは叶うでしょう。ですが、それが『今』『ここ』にいる『あなた』の救済になるかどうかは……私にはわかりません」
「……結論から言え。まどろっこしい言い回しはいい加減、死ぬほど飽き飽きしてる!」
「ですから。……約束の地とは、過去、現在を改変した平行世界を。時間を超えた、歴史そのものの可能性を塗り替えたもう一つの世界を作り出す力であり。世界を生み出す力のことです。そこにいる、幸せを掴み。願いを叶えたあなたがいる世界が作られる訳です」
パラレルワールド。なるほどね。
「命を賭して、願いの選定を生き残った最後の勝利者は望んだ世界を作り出すことが出来る。……そこは約束の地です、騙してなどいません。……もしもの可能性の世界では、望みを叶え。全てを手に入れることが出来る。思い通りになる世界が手に入る。まさしく約束の地でしょう。……ただ」
やっぱり土壇場で、とんでもない裏切りを告げた。
「今を生きる、勝ち残った者ではなく。『その世界』に生きる別の『可能性』のあなたにとっての、ですがね」
現実はろくでもない。だから俺は切に願う。
この世界は、苦難が多い。だからこそ。
……もう少しだけでいいから、優しくあって欲しいと。
世界を変えることなんて出来っこないけど。
だから俺は手を伸ばしたい。救いを求める人に優しくありたい。
こんなふざけた話。……真実を知っても。
いや、きっと。……たった一人だけ。
このふざけた真実ですら、知ればこそなお。
本気で約束の地に縋る人の顔が思い浮かんだ。
「なあ、お前。ここ10年近く、現実の世界でブームになってるモンを知らないのか? 最高じゃねえか」
「……何の話でしょうか」
ああ、ここでの俺の悪態は精一杯の強がりだ。
「なろう系、だよ! トラックに轢かれて、交通事故で。救いのない、パッとしない人生を送ってきた男女は神様に異世界に送ってもらって無双する。……いや、まさしく。この戦いにおけるお前はろくでもない、転生先に行く為の通過点の神様ってトコか? バカにするなよ! 俺はこんなろくでもない真実ですらも救いになるたった一人の人物を知っている。……俺は」
のどかさん。……俺は、君が本当に涙を流せる世界を。
コイツを倒して、手に入れてやるよ……。
今と言う地獄に生きる君の力には、もうなってやれないけど。
君が普通の女の子として、もしも生きていたら。
そんな世界を守ることは……今の君には慰めにもならないかもしれないけど。
でも、俺は。決めていたんだ。
コイツだけは。絶対に許さないと。
「あなたほどの人物をここで失うのはあまりに惜しい。ゆえに真実を伝えました。……お望みならば、約束の地。あなたの望む可能性の世界に送って差し上げることも出来ます。……最後のチャンスです。氷室さん、私に服従するか。ここで犬死にするか。……選択肢にするにも愚かです。どっちを選ぶのが賢明か言うまでもないですが……」
「俺の後悔だった、あの子を見捨てて……お前のイヌに成り下がって。それが俺のやりたいことだと。本気で思ってるのか?」
「フフ……本当に愚かな人です」
さて、と。……そういえば。
俺はまだ語っていなかった。詩島詠の奇襲を受け、瀕死の重傷を負いながら、窮地をどうやって抜け出したか。
「なあ、お前の望みはコイツなんだろ?」
俺は、凍結の金剛石と。体内に宿した破片とやらの奇跡の産物。真っ白な槍を作り出した。
コイツの力で、一時的ながらもあの子の時間遡行の力を誤魔化して命からがら逃げ延びたのだ。
「断罪の白。……ええ、数多の遺物の中でも、最も神に近しい力を宿す。罪を贖う者の槍……」
「くだらねえ!」
だが俺はその白い槍を思いっきり叩き付けて粉砕する、
「氷室さん! 一体何を考えて……」
「俺はお前にこんな力で挑んだりはしない。最期の最期まで。……俺は、一縷の望みを胸に宿した欲望の石の所有者だ!」
俺の手元には既に凍結の金剛石もなく、フブキも側にはいない。たった一人で、俺はこれからヤツに挑むが。
だが、一人ではないのだ。
「……お前は俺達を。欲望の石の願いをバカにして、コケにしてきて、オモチャ同然に弄んできた。だが、俺は見てきた! お前の思惑に騙されてきた俺の仲間達の願いを、無念を! 俺は背負って戦う!」
砕け散った白の槍は姿を変える。
ダイヤモンドで出来た槍へと。
そして、その槍には色鮮やかな無数の煌めく宝石が散りばめられていた。
もう、お喋りの時間は終わりだ。
正真正銘の、最後の戦いになる。
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