黒坂美影。……手塚の姉とか言うクチコミで評判だとかなんか知らんけど、占い師。
正直、占いなんてものに興味は一切なかったが。
パセリンからのアドバイスで人生相談ってモンの一環として占いなどと言ううら若き女の子の趣味っぽいモンに頼ってみることにした矢先。
タロットカードの塔と死神を突きつけられ、こんにちは、死ね! ですよ?
いくら温厚な俺とは言え、流石にキレるわ。
「通報があったのはこちらですね」
救急車が駆けつけた。最近の救急隊は優秀ですね。
「えっと、通りすがったら。女性が突然倒れていて」
「あなたのお名前は?」
「名乗るほどの者では」
「ご関係は?」
命を狙う刺客、だろうね。事実をあえて伝えないが。
「知らない人ですね。脈も弱くて、自発呼吸もしている様子がなかったけど。今のご時世、女性だし……心臓マッサージや人工呼吸、除細動器の類の応急処置はしていません」
胸に触るだの、口を付けると言うデリケートな話は言い訳だ。女性がどうこう以前に、殺されかかった相手の命を救うのにそこまで積極的にはなれんわ。
救急車呼んだだけでもありがたく思えって話だろ。違う?
「……では、搬送先に連絡を取ります」
「はい、お願いします」
俺は救急車に乗せられるのを見守った。
「はい、はい。……え?」
突如、救急隊員の一人の様子が妙な感じに。
「搬送先は浅倉総合病院になります。こちら、付き添いはどうされますか?」
「いや、別に……いいです」
「こちらの急患が回復された際、ご連絡などを希望された際に……連絡先などお伝えしましょうか」
「ただの通りすがりなんで、別に結構です」
さっさと帰りたい。その一心だった訳だが。
「お忙しい中、ご連絡いただきありがとうございます。ですが……」
突然、救急隊員は態度がおかしくなりだした。
「搬送先の責任者が是非あなたにお会いしたいと」
「面倒くさいから、そう言うのはいいです」
この俺の言葉を機に、豹変した。
「善意の通報者にこのような態度を取るのは心苦しいのですが。是非ともお付き合いいただきたい」
「ハァ!? 何だお前ら」
みなさんの初体験はいつですか?
初体験って、そりゃ。銃口を突きつけられる経験だよ!
四半世紀近く生きてきて初めてだ。不愉快極まりない。
「素直に一緒に来てもらう!」
「……ハァ。あのさ、誠意をもう少し見せてくれたら素直に喜んで従ったよ? 何様だよ、お前ら」
「……誠意とは?」
「言わせんなよ。金だろうが!」
こんなカネにもならない単なる善意からの通報がこんなことになったわけで。……そして、病院について行ってからのこと。
「20万円だ。これでも安過ぎると思うがね」
薬師寺誠也と言う男が臆面もなく言った。
「ハァ!? それ、月給だろ?」
大企業でも、新卒の初任給なんざ月給20万前後だ。
1年近く半ば無職同然の無職をしていた俺に、何でそれだけの金額を提示出来るんだ? 馬鹿なの?
「いや、日当さ。君の才能に対する正当な評価、いや。これでも安過ぎるくらいだろう。金額面に不満があったら気安く言ってくれ」
「ふうん……三食、昼寝付きか?」
俺がいつぞふざけたことを言った気がする。
「それくらいは当然だろう」
「ふざけんな!」
安過ぎる、だと?
俺の懐事情を鑑みて口にしろよ。毎日味のない冷奴を食べたことはあるのか。
小麦粉を水で溶いたモンに火を通してパンといい張る悲しげな食事を体験したことは?
試食コーナーでおばちゃんに顔を覚えられて、今日は買わないの? なんて馬鹿にされる屈辱を味わったことは? ないだろ。
「俺がどれくらい厳しい生き方をしてきたのか、知らないで……馬鹿にしてんのか!」
「いや。……中々苦労したんだね、君も。報われる時が来たと言う発想に転換すればいいじゃないか」
突如、指をパチンと鳴らす音がすると思えば。
「これはあくまで給与さ。福利厚生は充実している。風祭クン。入ってきたまえ」
「……はい、先生。どれですかね」
ピシッとしたスーツを着た、派手な髪型をした若いあんちゃんが入ってきた。髪と、形式ばったスーツってのがなんともミスマッチだ。
「まずは、社宅から。資料Hをお願いするよ」
クリアファイルに綴じた、なんか。……不動産の販売営業かなんかが持ち込みそうな書類が広げられたが。
……思ったが、これは大丈夫なんだろうか。
詐欺なんじゃなかろうか。と、思ったが。
思っても見れば、借金背負えるほどの信用もないヤツで、貧乏人を騙す必要ないもんな!
「君の今の住まいは……駅前のボロ……失礼。風情ある年季の入ったビルであると聞いた。もし君が望むなら我が社が全面的にバックアップをし、快適な住まいを提供しよう」
「何言ってんだ……」
俺はその広げられた物件の案内に少し目を通し始める。
「は? なんだよ。開発特区の中にある家が多いな」
「当然だろう? 才能ある、前途輝かしい若者へは先行投資を惜しむな。それが我が社の社訓でもあるからね」
市役所に開発特区への転居を申し込んで、申請が通る確率が数パーセントとか言うひどい競争率だって聞いたことあるのに。何? やっぱ大企業の持つ特権ってヤツなの?
「ハハハ。これなんて面白そうじゃないか? ……西欧に実際にあった古城を解体して、わざわざここで組み直したお城だと。……掃除が大変そうで、とても住みたいと思えないがユニークだな」
そんなとんでも物件がたまに散見されたものの。
価格が、ウン千万円。なかには何億と言う、生涯賃金を積み立てても簡単にヒョイと手を上げるには難しそうな、バカみたいな豪邸が立ち並び。
「ちなみにオレは、高見沢にあるタワーマンションにしました」
「おや。……風祭クン。僕がいつ君に意見を求めたかな? Mr.ダイヤモンドとの話を楽しんでいるところなんだ、水を差さないでくれ。……1回目だ」
「失礼しました」
ヒエッ。目前でパワハラを目撃。部下に対してそんな扱いするの、目の当たりにしたら入社の意欲落ちるとか思わねえのかよ。
「まあ。こう言うのはじっくりと選ぶものさ。持ち帰ってじっくり決めてもらって構わない。続いて……」
風祭なる男の部下が、指示通りの資料を広げていく。
衣食住と、金と。あらゆる待遇を。すごい、今まで俺が無縁だと感じていたもんをたくさん並べていった。
だが、同じテンションで。
「じゃあ、一番喜ばれる福利厚生を提示しようか。君も満足していただけたらいいと思う。……Fの資料を」
「かしこまりました」
俺は、リアリティをまるで感じていなかったが。
この期に及んで、ようやく。このキナ臭い話に不快感を抱き。スカウトの話は雲行きが怪しくなり出した。
何故ならば、到底許せるものじゃなかったから、だ。
「これは系列提携を含めた、3年以内に入社した女性社員の名簿さ。……20代手前から、20代後半くらいまでの年齢でリストアップしてある」
「……は?」
「君が好きな女性を選ぶといい。……自由に『使って』くれて構わない。壊したとしても、代わりはいくらでも用意するよ」
少しの間、俺は理解が追いつかなかった。
その言葉が意味することを、少し置いて理解すると。
「……何を馬鹿なことを。道具……使う? 何を言っていやがる?」
「何で不愉快そうな顔をするのか、わからないな。こう言う話を聞けば、大概の男は喜ぶものだと思うが。ああ、すまない!」
俺は、この瞬間から目の前の男とは到底相容れないことを確信した。
「君は恋愛などと言った、不条理なプロセスに価値観を見出すタイプか! 容姿より、内面を重視するのであれば。……君好みの性格に矯正をするのは、大して時間はかからない。どう言う性格が好みかな」
「ふざけるな!」
そう、目の前にいる人間が紡ぐ一言一言が人間への冒涜だ。
「……それとも、年齢が気に入らないか。ふむ、風祭クン、関連学府の資料を……」
すると、小中高生の。年端も行かぬ、守るべき子供達の写真が並ぶ。……これは背筋が凍るくらいのおぞましさを感じた。
「そうじゃない!」
「まさか! 同性愛嗜好だったか? すまない、男性社員の名簿は今度持って……」
すまねえが、ホモセクシュアルについては一番そうじゃない。ふざけんな。
「そうじゃない! お前、黙って聞いていれば。使うだと? 同じ人間だろ……女の子達を何だと思っていやがる!」
「……すまない。Mr.ダイヤモンド。何を怒っているのか、僕には理解が出来ないが。不快にさせたのは謝ろう。だが、一つ解せないな」
俺は、この男の言葉を聞いて確信した。
「君のような才能溢れる人間と、無能なゴミが同じ訳がないだろう?」
俺は、資料と称したおぞましいモノが並べられた机を蹴飛ばした。
「……何が君を不快にしてしまったか。これは宿題かな。すまない、女性については一旦置こうか」
俺は、このおぞましさを感じるこの男の話にまだ付き合わなきゃならないのか? そう思っていたら。
ヤツは、俺の。触れてはならない部分に土足で踏み込んで来たのだ。
「君を迎えるのに相応しい役職を考えていたんだが。ちょうど相応しいものがあったんだ。マサムネでは新規事業を立ち上げるつもりでね。是非ともそこで君の才能を発揮してもらいたい」
「なんだよ……言うだけ言ってみろ」
「……警備部門さ。昨今の情勢を鑑みるに。治安の維持に関して、警察はあてにならないと思わないか? 司法の番人では弱い。よって、武力の行使を以てして治安の維持をする、スイーパーと言う部隊を立ち上げるつもりなんだ」
今、なんて言った?
「警察が。……あてにならない?」
俺の親父は、一人のお巡りさんとして。筋を通そうとして殺されたって、先輩に聞いたんだ。
「そうだよ。君のお父上の件は残念だった。……無能な割には人格者だったそうだね」
「無能……?」
俺は、親父のことを馬鹿にされただけでもひっくり返るくらいだったが。
「力もないのに、我を通せば。それは犬死にするしかない。当然の帰結さ」
薬師寺と言う男は、他人事のように続ける。
俺の人生を歪めた。その巨大な権力とやらが、知るべきでない真実とやらが。
俺の目の前で明かされていた。
「何様だ……わかったようなこと、言いやがって」
「わかるも何も。この世の真理だろ。警察権力と結び付いた無能なマサムネの役員の一人がいたそうだ。彼は、内通をしていてね。……一人の少女の経過を見守るのに。邪魔になった一人の警官を始末した。……それは、たまたま君のお父上だったわけだ」
「マサムネ……グループ! お前たちが、俺の親父を」
「……集団の中の一個人の思惑はコントロール出来ない。君のことを怒らせるつもりはなかったが、結果として。間接的に殺したみたいだね。それは僕の本意ではなかったと言うのは、信じて欲しいな」
「同じだろ?」
俺は悪意に触れた。
コイツ等は、俺の親父を。俺の人生を。
そして、一人の少女の笑顔を奪った!
「なあ、俺の親父が殺されたのは。なんでだ?」
声が震えている。……冷静ではいられなかった。
「……とある少女の味方であろうと振る舞ったのが、まずかったね」
コイツは言ったな。……先ほど、言質を取った。
「なあ、好きな女を。一人、選べるんだったか?」
「いや、一人と言わず、好きなだけ選ぶといい」
「だったら、片桐雛を! 俺の前に連れて来い!!」
あの日の俺の後悔と、今の俺の人生が繋がった瞬間。
この叫びを……。
「なるほど。Mr.ダイヤモンド、君の気持ちはわかった」
目の前にいる男は、こう切り捨てた。
「悪いが、それは出来ないな」
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