やりたいことがなんでも叶う魔法の石を拾いました

〜素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド〜
我才文章
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3章 正しい探偵として

シーン1 約束の地に辿り着いた男

公開日時: 2022年2月28日(月) 09:58
文字数:5,779

俺の戦いの新たな幕開けとしまして。


我が人生の推しについて語りたい。

聞きたくもないし、興味もないと言われたら。なおのこと強く語らざるをえない。

まず、前提として。深夜アニメのオトメシリーズについての予備知識からだ。


端的に言うとオトメシリーズとは、人生の聖典である。


この世界には美少女が織りなす日常を描いた萌えアニメ、日常アニメと言うものがこの世には数えきれないほど存在する。

頭空っぽにして、かわいい女の子同士がきゃっきゃうふふを繰り広げる様子を眺め、癒される。

どうにも、俺の魂の琴線に触れるほどではなかった。

誤解をしないでいただきたい。決して否定はしない。そう言うのが好きな人はいることは理解できる。ただ、好みと言うか、趣味として合わないと思っただけである。

ゆえに、知人に強く薦められたアニメではあった。最初は……ああよくあるやつかな? と、なめくさって眺め始めたわけだが。1話の半分を観終えた時、身構えるようになり。最初の1話を観終えた後には……土下座したくなったほどの戦慄を覚えた。

ああ、コレ。マジのやつだ。本気と書いてマジと読むヤツ。

初代作品の乙女諜報課オトメンバー。昼は学生、夜はスパイ活動の二重生活を送る少女達の戦いと青春を真摯に描いた作品。友情と任務の間に心を揺らしながらも、暗殺対象となっている少女と友情の絆を育みながら、オトメワンとして彼女が下した決断は、涙なしにはみられなかった。オチを言うほど、野暮な人間ではないので興味を持っていただけたならば是非見て欲しい。

そして深夜アニメにも関わらず、関連グッズの売上やら視聴率がものすごい反響で、オトメンバーは単発作品として作られたにも関わらず……続編、関連作品が最終的に7つも作られた怪物アニメ。それがオトメシリーズであった。

そして、我が青春と呼んでも過言ではない、我がイチオシのアニメキャラクター。

乙女童話譚オトメルヘンの白雪りんご――オトメスノウである。

主人公の灰谷美姫――オトメシンデレラの兄に想いを寄せるいわゆる妹キャラとして、健気で儚く、純粋に応援したくなった彼女の生き様。物語の結末について……詳しくは語るは野暮と言うもの。

ただ、彼女の最後に待ち受ける衝撃のラストは涙なしにはとても見ることは出来なかった、とだけしておこう。

いわゆる美少女アニメと言うジャンルで相手役の男、男の気配を匂わせるような女性キャラは人気が伸びにくいと言うが。関連商品の売上や当時のネットなどの反響から言って、シリーズで5本の指の内に確実に入る文字通り屈指の人気キャラである。

守ってあげたくなるような儚げで影のある面と、魂に一本芯が通っている二面性は矛盾もなく、あの頃は毎週本気で応援をしていた。いや、でもどうしてなんでああなった?

未だにアニメスタッフ絶対許せねえわ……。


10年前に放映されていた深夜アニメ、乙女童話譚オトメルヘンにて、白雪りんごを演じた人物には謎が多い。

一般公募と言う企画枠でオーディションを勝ち抜いた、支倉凛子。愛称パセリン。……彼女はこの作品を代表作としてアニメ業界を渡り歩いていくものだろうと誰もが思っていたのに……え、もう原稿用紙3枚分も熱く語ってた?


それじゃ、行ってきます。……聖戦へ。


そして現在、私は戸有市龍鏡区の北岡にあります大型ショッピングモール『OIRA』にやってまいりました。

戸有市才能開発都市計画、そのプロジェクトを牽引と言うか。主導の元、都市開発に大いに貢献しているマサムネグループ、その系列店が居並ぶ繁盛している今もっとも注目されている商業施設である。

戸有市と言う街自体がマサムネの企業城下町と言って過言ではないのだから、マサムネに関わっていない店なんて探す方が難しいのだが。この店に至ってはマサムネ資本の純度100%に限りなく近い。

その辺の詳細は知らないし、知りたかったら戸有市の市政だよりでも読んでくれ。

「探偵事業はマサムネの上層部が黙認……」

いや、いかん。その辺の事情なんて大半の市民は知ったこっちゃないし、今回お伺いした店も無関係のはず。

海外の情勢をニュースなんかを鵜呑みにして、○○産の製品は買わない! みたいな人も見受けることはありますが、その例に倣う必要はない。

マサムネが時折しでかす強引なやり口に反感を覚えてデモを起こす人もいるらしいが、魔法の言葉がある。


それはそれ、これはこれ


今回こちらに訪問した理由につきましては、あまりにも現実がツラい、生きているのも嫌になってしまうほどの厳し過ぎる現実や、真実から逃げるためと言っても間違いではありますまい。

戦士に休息は必要だ。と、まあ……言うほど戦ってる自覚はないけどさ。


今日の目的は、オトメシリーズのコラボフェアを開催している喫茶店、ジェイド。

その語が意味するは翡翠、そして……5月の誕生石。

はい。だからって、こんな所に所有者いるとか安易に決めつけるのどうかと思います。単なる偶然でしょ。さほど物珍しさのある名前でもないでしょうし。


にしても、昔のアニメの企画に便乗してるのか。隣の魔道具屋さんがアニメグッズを販売しているのは驚いた。

投影水晶、ヴィジョンクリスタルでどこでもアニメが空間に直接映し出されて観られると言うのは流石にビビる。

かのSF映画の立体映像通信みたいなイメージが実際に目の前で出来る手品みたいなの、実物として観ると新鮮な感じは確かにある。あるが……。

……動画配信サービスでよくない……?

値札には179800円に割引が3000円と。

いや、もっとお得感出せよ! とツッコミたくなるような値札がありました。

なお、利用可能な環境は戸有市内にしかないようだ。……これ買う人間は流石に頭おかしいんじゃねえの……?

先輩から貰ったお小遣いが吹いて飛んで借金しか残らんレベルの商品です。

こんなの買うの正気疑うわ。

懐かしいのは確かだったので、オトメルヘンとオトメサイアのクリアファイルだけ購入しました。早乙女キリエ――オトメブレイヴもかっこいいキャラでお気に入りでしたね。異世界に飛ばされ言葉も通じず奴隷のような扱いまで受けても心が折れず、現実世界に戻る為に戦いを続けた勇者と言う王道ファンタジーと言うのも、なかなかよかった。

にしてもこの手のキャラもののクリアファイルって、何に使うんだ? と思う人もいるだろうけれど。

使う予定なんざあるかよ、と申し上げましょう。未開封のまま美品で保管よ。

そもそも、事務所にあまり大っぴらにアニメグッズを置いてもあらぬ誤解受けかねないでしょ……置き場もないしかさばるもんは買えないわよそもそも。

「誰も見るクライアントなんていないデス」

「うるせえ! 呼んでねえ!」

フブキはどこにでもいて、突然いなくなる。

迷惑な存在ですね……。なんか寒い独り言叫びだした変質者みたいになりそうだったので、咄嗟にマグホに怒鳴りつけるポーズを取るハメになった。めんどくせぇ……。


それからどうした。

息抜きにウィンドウショッピングなども楽しみまして。

「……欲望のままに、心の望むままにショッピング」

フブキが心に直接語りかけてくる……。

「置き場がねえっつうの……」

一つ勘違いしないでいただきたい。俺はアニメオタクではない。

単なるオトメシリーズの狂信者ファンなだけである。

妙齢の若い女の子が出てくるアニメが好きと言うだけで、萌え、だのブヒるだの。

その類の感情ではなく、どっちかと言えば燃える方だってのに。

かわいい二次元美少女コンテンツが大好きと言う人種ではないので、あらぬ誤解やレッテル貼りはやめて欲しいですね。はい。

「そもそも、オーナー。フレンドはいるの?」

……学生時代はそれなりにはいたよ。

疎遠になったけどな。リアクションしてやる方が負けだって言うのに気付くのが遅かった。

「ノーワン。オーナーにインタレステッド」

「失礼が着物着て歩くとお前になるのかよ!」

まあ、興味どころか社会的に周知すらまるっきりされてない自分の現状を言及されて、イライラしております。

「まあ、憎まれ口叩くアホはもう封印。行くか」

突然出てこないように、願いの力の流れ自体をオフにしました。咄嗟の対応が難しくなるリスクがあるものの。

今日はそういう煩わしさ自体から解放されたいって目的があるんだし、どうせ何事も起こらないでしょ。

フブキの顔も見飽きてるし。今日は二度と出さない覚悟です。

にしても奴の言い分も一理あったかもしれん。……白雪りんごの抱き枕カバー、寝間着バージョン限定復刻版が諭吉さん1枚で買えそうだったので死ぬほど悩んだものの。あ、抱き枕も買わないと使えねえよな。と言う当たり前の事実に気付くまで半刻悩んだのは内緒だ。

非日常にメンタルを殺され続けた連日の疲れを、非日常的な夢の空間で癒されたいと願い。そして。


俺の約束の地へ……


コラボカフェ、ジェイド。一歩踏み入った時点で。

最早そこは、まるで童羽町に入り込んだかのような錯覚すら覚えた。行ったこともなければ、行く手段もないのにである。

オトメルヘンの舞台である童羽町にある、灰谷美姫のバイト先である喫茶店のパンプキンキャリッジの内装そのものを忠実に再現していたのだ。

一歩踏み入って耳に入り込むのは、オトメルヘンの劇伴のBGMだ。

そして、オトメシリーズの各シリーズのヒロイン達の原作イラスト、名場面が壁に貼り付けられていて。

「……愛が、深い……」

戸有県戸有市を誰が言ったのか。こう言う表現がある。

夢の叶う場所、と。

その街の外れの、とある飲食店で俺は思った。

ああ、数多の人の願いは……ここに集まった。

擦れた大人になっちまった俺でさえ、今は素直にこう言いきってやりたい。

夢は叶うよ、と。

「いらっしゃいませ、お一人様ですね?」

あ、従業員さんも凄い。制服の再現度は言うまでもないが。声優さんそのものとまではいかないものの、明らかにオトメシンデレラのバイト風景を見て、接客態度すらもかなり忠実に再現しとるわ。口調のイントネーション、息遣いから、一挙手一投足に至る動作の全てが劇中の仕草にかなり近い。オトメシンデレラ本人がいるかのように錯覚したレベルである。

本編でバイト風景なんて作中全編通しても5分足らずだろうけど、そんな場面が目の前で実演再現です。

練習とか言うレベルではない。特訓、研究の領域の再現度だ。……時給なんぼ貰ってるのかな、この店員さん。

正直なところ。ここに来る前は……どうせ昔の作品だし、商売でやってるって言うなら妥協や作り物臭さみたいなもんがどっかにあるんじゃないのかとナメていた。

「はい、1人です」

四半世紀に満たない短い時間を生きてきた若輩者ですが、こんな夢の空間に足を踏み入れたのは初めてっす。

こんな気持ち、生まれて初めての感動ですよ、ええ。

下手な事言えねえ。ここは聖地だ。

なあ、フブキよ。

お前は願いの叶う約束の地に行くには、石を巡る争いに生き残れと言ったな?

俺の願いは、今叶ったぞ……。

ここが、願いの叶う約束の地だ。

オトメシリーズを愛した人よ、この街に約束の地があるぞ。交通費くらいで済むんだ。おいでよ、約束の地。


ハッ。

俺の頭はおかしくなったか? いや、元々だった。

席に案内され、メニュー表を眺めてみると。

……高ぇ。ブレンドコーヒー一杯でさえ、800円する。

だが!

メイド喫茶、スナック、キャバレーの類とは別のベクトルであまりにも男の夢を実現してくれているこの場所。

たった800円と言い換えて違和感も、後悔もない。

カップ麺並べて食ったりしたあの時に比べてみたら。

よし! バカは行くぞ!

「ヴィゼル帝国の晩餐……皇帝陛下のミノタウロスステーキ1つ下さい」

まあ目を疑いましたが。8000円だってさ。コーヒー10杯いける。

ヴィゼル帝国はオトメサイアに登場する敵勢力。敵の親玉にあたるレオニール皇帝がつまらなさそうに口にしてた割に作画の出来があまりに良くて、深夜アニメで猛烈な飯テロだと当時話題になったヤツだ。当時のことは覚えてるよ。

……実物拝めるどころか、口にも出来たら諭吉さん1人や2人。ダメージはゼロじゃないが、一生後悔しないぞ。

飲食店っておそらく二つの側面を見て判断するものだと思う。

一番高いもんと、一番安いもん。それを値段相応かと比べてみる。

……メニュー表見た時点でもう、写真が実物取り出したかのような再現度合いだったんで、いっそ。

頭空っぽにしてバカになろうと思った次第だ。

先輩からいただいた電子通貨のお小遣いは、これを食ったとしてもなんとか余るし。ってか、のどかさんから貰った諭吉さんもまだあったっけ……? いや、待って。

語ってませんでしたが、初回の戦闘で財布ごと燃えたの思い出した。やはり時代はキャッシュレスだな!

ええい、宵越しのカネなんざ知らねえ! 今日の俺は日が沈む前から晩餐なんだよこの野郎!


「ご注文ありがとうございます。……オーナー! ヴィゼル帝国入りました」

オーナーと言う単語にちょっと過敏に反応してしまった。

しかし、やっちまったな。

俺のイチオシは何よりオトメルヘン、青春のヒロインは白雪りんごちゃんであるにも関わらず。

これ、敵のおっさんが口にしてたヤツじゃねえかよ。そもそも作品から違う。……俺は何しに来たんだ?

「俺は、実物の白雪りんごに会えたら死んでもいい」

と、それくらいの覚悟をキメてここに来たのに。


「え〜? 折角会いに来てくれたのに死んじゃったら嫌だよ? お兄ちゃん」


「死ぬわけ……ん?」


俺は先の覚悟を無意識のうちに口にしていたらしい。

その言葉を聞いた1人の女性が俺に声をかけた。

「やっほー、ボクの事は知ってくれて嬉しいけど、改めて自己紹介します」


「……はい?」

「乙女童話譚オトメルヘンの白雪りんご役をやってました。支倉凛子です。パセリンだよー」


何が起きた?

初めてお会いしたしたというのに。

眼前にいる人物を、俺は知っている。


……パセリンが、生きていた?

代表作のオトメルヘン以降、何の音沙汰もなく……沈黙を保っていた。あの、俺の初恋が!?

白雪りんごが、オトメスノウが!?

俺のイチオシ声優さんが、目の前に?

何があって、どう言う訳でこんな事になった?

と言う種明かしは次回へのヒキとさせてください。


ごめんなさい。これ以上は、マジ何も考えられん。

次回までには、沸騰した脳味噌冷ましておくんで勘弁して。

作中作品のオトメシリーズ7作品とキャッチコピー(美少女はオトメのルビが付きます)

乙女諜報課オトメンバー

美少女がスパイと日常の二重生活!?

乙女聖戦オトメイデン

9人の美少女、願いが叶えられるのはただ1人

乙女調律オトメロディ

音を奏で、悪しきを浄化する美少女

乙女童話譚オトメルヘン

童話の力を借りて困難に打ち勝て、美少女

乙女機巧オトメタリカ

美少女、荒廃した世界を生き残れ

乙女救世オトメサイア

異世界転移した美少女、選ばれし勇者

乙女魔導伝オトメイガス

全ての戦いの終結……全ての美少女、集結せよ


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